ボケたタクさんの元へ通い始めた頃 その3(まだ何でも出来た)
2006 / 08 / 19 ( Sat ) 02:49:04

父が引越しして環境に慣れたこの頃、鍵は渡してありましたが勝手に外へ出かけることはなく、いつも家に居てくれました。
オートロックのマンションなので出るのは簡単ですが、入るのには父のマンションの場合簡単ではなかったので、一人で外に出かけることがなくて幸いでした。

「この先の坂を上がったところにお店があるから、買物に行ってみたら?」などと言ってみましたが、「そのうち行ってみるよ」と父。
今にして思うと、不用意な言葉を私は言ったものでした。
多分、この頃すでに道案内の手書き地図や言葉の説明だけでは、新しい環境での店の場所など分からなかったはずでした。
父も今までの家とは違って、外の環境が分からず一人で出ることの不安があって出なかったのだと思います。

それでも、何回かはすぐそばの酒屋に行ってカップ酒を買ってくることもありました。
酒屋のおばさんと話した内容を私に楽しく聞かせてくれました。

しかし、後に認知症が進むと、外出ではなく徘徊してしまうことが度々ありました。

この頃のタクさんは以前と違って不潔なことも平気になりました。
それも認知症によくあることだと、後に知りました。
認知症になると、何をするにも意欲や関心がなくなり面倒になる…その結果、不潔に見えたりする訳でしょう。

認知症以前はお風呂が大好きで毎日入っていたのに、入らなくなりました。
お風呂の用意をしても、後で入るからいいとか、色々言い訳して入らなくなりました。
私も面倒なので、風呂に入らないからといって死ぬわけではないからと、入浴は外出がある前日など必要最低限の回数にしていました。
お風呂の準備と着替えの用意さえすれば、まだ一人で入れ、入浴後は「気持ちよかった〜」と、良い笑顔でした。

しかし、暑い夏でも服を何枚か重ね着していることもしばしばで、それで暑くない様子でした。
着替えが面倒で、洗濯するから着替えるように言っても、「まだ汚れてないからいい」と、なかなか着替えなくなりました。

同じ事を度々尋ねたり、同じ事を何度も続けて話すので、「それ、さっきも話してたよ」と私は面倒になりよく言いました。
ずっと後に、何度も同じ事を聞かれたり話したりしても、初めて聞いたように応えた方が良いと知り、それからはそのようにしました。

父は大きなカレンダーに過ぎた日には×印をつけて、今日はいつで何曜日か、よく私に尋ねて確認していました。
日付と曜日表示が付いた掛け時計を買って目に付く場所に取り付けると、それをよく見て確認していることもありました。
日付は聞いて分かっても、それが何の季節なのかは分かっていませんでした。

カレンダーに病院に行く日に印を付け、前日にそれを伝え、着ていく服を用意して、それを紙に書いて分かるようにし、当日も電話でそのことを再度伝えてから父の元へ迎えに行くと…何にも支度が出来てなくて父は何食わぬ顔をしていて、私が慌てたということもよくありました。
いくら前もって言っておいても、書いておいても、忘れてしまい無駄でした。

逆に、父は言われた予定が気になってたまらず、何度も何度も「それは今日なのか?」と何日も前から尋ねて心配になっていることもありました。
予定はギリギリまで伝えないことにしました。

簡単な家電なら使えたので助かりました。
エアコンもセットしておけば、リモコンでON・OFFすることぐらいは出来ましたし、電子レンジも使えました。

私がいない時間に食べる物などは、「○○が冷蔵庫の下の段にあるから食べてね」とか、「電子レンジで2分温めて食べてね」などとメモ用紙に書いて決まった場所(食堂のテーブルの傍の壁)に貼っておけば、指示のように出来ました。

「○○さんはどうしているかな?一人で退屈してないかな?」とか、まだ知り合いや親戚のことは覚えていて気になっていたようでした。

今は亡き父の姉(父と親しかった)がたまに電話してきて、二人で長話をしていました。
この頃、父の姉も軽い認知症になっていて、認知症同士、同じ話を何度も繰り返し堂々巡りの内容で、聞いていて笑えました。

それでも、この頃は今思うと、まだまだ良かった頃でした。
無理なことですが、せめて、この頃の父に戻ってくれたらいいのに…。

参照↓↓
タクさんの病気と経過 その1  
父の認知症の兆候 
ボケたタクさんの元へ通い始めた頃  
ボケたタクさんの元へ通い始めた頃 その2(物忘れ)


今日の花262262
スカッとした空色の花が爽やかな「ルリマツリ」。つる状に伸びた先にふわふわ花が揺れています。あまり頻繁に見かけない花ですが、初夏から秋遅くまで長く咲くので、咲いているお宅があるといつも眺めてしまいます。

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ボケたタクさんの元へ通い始めた頃 その2(物忘れ)
2006 / 08 / 17 ( Thu ) 23:14:11

前回(先週)は、1994年にタクさんを私の家の近くに引越しさせて、私がタクさんの元へ通い始めたところまで書きました。
今回はその続きです。

参照↓↓
タクさんの病歴と経過 その1 
父の認知症の兆候  
ボケたタクさんの元へ通い始めた頃

ボケたら環境をあまり変えない方が良いと言われますが、父の場合は引越しして環境が変わりましたが、認知症に関する影響はなかったと思います。

引越した当日はボーッとしていましたが、引越し業者が居なくなると、落ち着いて引越ししたことを実感したのか、父は私と一緒に何日かかけて片づけをしました。
部屋の間取りは違っていても、父がよく使う家具などは同じ物で、父の部屋もあるし、前の家と環境を同じようにしたせいか、すぐに新しい環境に馴染んでくれました。
多分、父の場合、その頃は認知症がさほど進んでなかったからかな?とも思ったのですが、人それぞれかもしれませんね。

電話もワンタッチ登録して使い易くしたせいか、今度は前の家に居た頃と違って頻繁に私に電話して来るようになりました。
日曜などを除いて、ほぼ毎日父の元に通っていたのですが、よく電話してきました。
その内容は…。

「おい!貯金通帳が見つからないんだけど、お前知らないか?」
「○○に仕舞ってあるはずだけど…」と私。
「それがないんだよ!お前持って帰ったんじゃないのか?」
「持って帰ったりしないよ」と私。
「いくら探してもないんだ!お前、お父さんの財産狙ってるんだろう!!」
「そんなー!お父さんの財産狙ったりするわけないじゃない!!」と私。
「いや、わかったもんじゃない!!お前ならやりかねない!!」

そんなやり取りが何回かありました。
そんな時の父の声はとても怖くて、私が何か言うと益々逆上するし、私は電話がある度にブルブル震え上がっていました。
昔から私には厳しい父で、子供の頃は殴られたこともよくあって、その時と同じように怖い声でした。
このような症状が認知症の人によく起きることだとは、その頃の私は知りませんでした。

父の元へ行って貯金通帳のことを聞いてみると、何事もなかったかのように穏やかでした。
一緒に探してみましたが、電話でのように私を疑って逆上することはありませんでした。
後になって分かったことですが、貯金通帳は父が失くすと心配だったからと、父と同居の弟が別の場所に隠しておいたのでした。

とにかく、家の中で物を失くすことは頻繁にありました。
物をどこかの奥に仕舞い込んで忘れてしまう…なので見つからなくなり、失くしてしまう…それで、物を探し回ることで父の大半の時間が過ぎていく、ということばかりでした。
元々持ち物が多かった父でしたが、以前のように物を整理することが出来なくなり、引き出しの中は私が整理しておいても、すぐゴチャゴチャになっていました。
物が多過ぎて片づけが出来なくなったからかな?と思っていましたが、これも、父に限らず認知症の人に多いことだと、後になって知りました。
片付けが出来なくなったこともありますが、認知症の症状として「物がどこにあるのか確認する作業」をしているうちに、物がゴチャゴチャになる…ということのようでした。

ただ救われることは、貯金通帳の件では電話で酷く私を疑っていましたが、他の物を失くしたことに関しては、私を疑うことは殆どなかったように記憶しています。

この頃、父の家へ行く前に、今から行くからと必ず電話していましたが、父は「そんなに急いで来なくてもいいよ」などと、いつも遠慮気味に言ってくれました。
そして、私が行くと必ず玄関まで出てきて「よく来たな!いらっしゃい!」と笑顔で出迎えてくれました。
ほぼ毎日来ているのに、いつも「よく来たな!」って、久しぶりに来たみたいな言い方をしてくれてました。
そして「まぁ、ゆっくりお茶でも飲んで休んで…」と、まるでお客さん扱いでした。
多分今までの遠くにあった家に、私がはるばる来たという感覚だったのでしょう。
それが認知症の症状の特徴だということは、当時認知症についての知識が乏しかった私でも分かっていました。

今振り返ってみれば、まだこの頃は平和な時期でした。


今日の花262262
大きい木立となって、今どこでもよく咲いている夏を象徴する「ムクゲ」(木槿)。花が似ているので、私は以前、タチアオイ(立葵)や芙蓉との見分けがつかなかった頃もありました。大きい花ですが、朝咲いて夕方にはしぼむ一日花です。

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ボケたタクさんの元へ通い始めた頃
2006 / 08 / 09 ( Wed ) 14:02:45

今から13年位前(1993年)、タクさんがボケ始めた頃のことを思い出して書いてみます。

参照↓↓
タクさんの病歴と経過 その1


父の認知症の兆候
  

前にも書きましたが、元々私は父とは同居はしておらず、父は独身の私の弟と二人で暮らしていました。
ですから、日常的な細かいことはよく分かりませんが、時々電話して話す分には特にボケた風には感じませんでした。
後で思うと、月々の決まった振込みをよく忘れたとか、お金がない訳ないのに、私に金を貸してくれと言って、実際私が貸したことなどが気になった程度でした。
しかし、滅多に私に電話してこない弟が、父は日中お酒ばかり飲んでボーッとしていることが多い、ボケたんじゃないか?と言ってきたことで、すぐピンと来ました。

父の自宅は私の家から電車を何度か乗り継いで約3時間、直線で80kmの距離が有り、何かあってもすぐ駆けつけられません。
弟と同居と言っても、日中は父一人で心配です。
夫とも相談の上、父の住まいを売却して私達の家の近くに引越して来てもらい、通いで私が面倒をみるという結論に達しました。
父の引越し先になる住まいとして、私達の家に比較的近い(自転車で約10分)マンションに目を付けました。
父と弟は以前こちら方面に長く住んでいたので、土地勘も有り好都合でした。

しかし、父が住んでいた家は父が相当入れ込んだ家なので、売却して引越すなど到底考えられないことでした。
案の定、弟はすぐ了解しましたが、父は猛反対。
何度も何度も電話で父を説得し、そのうち、やけっぱちになった父は「老いては子に従えか…」と言ってしぶしぶ了解してくれたのです。
その後は不動産業者に任せたため、比較的順調に売却・購入・引越しの話が進み、ボケが判明してから約半年後、1994年6月に引越しが済みました。

父がマンションに引越して来た日。
引越し業者が荷物の運び込み等をしている最中、父は呆然としていました。
「ここはどこか?引越ししたのか?」と何度も私に尋ねました。
オートロックのマンションなので、管理人さんに父がボケていることも伝えました。
でも、父は一見普通に見えるので、管理人さんは父がボケていることは長らく忘れていたようでした。

父が引越して来てから、私は日中父の元へ毎日通いました。
ボケたらその後は数年で亡くなる…そんな話をどこかで聞いた気がして、父の元へ通うのも数年間だと思っていました。
数年で済めばいいか…と、その頃は内心冷ややかに思っていました。
それが10年続くことになろうとは…。

引越し荷物には、父が買った「どくだみ茶」の未開封パッケージが異常に沢山有りました。
認知症特有の、買ったことを忘れて何度も同じ物を買ってしまったのでしょう。
父が頻繁にカードで買物をして、引き落し出来なくなっていた買物の決済を弟は次々に片付け、カードは使えないようにしました。
ボケる前から時々カードで買物をしていた父でしたが、認知症の症状のため、必要以上にカードで買物をして決済出来ないでいたのでした。

その頃の父は、同じ事を何度も尋ねる、さっき言ったことも忘れてしまう、自宅で物を失くす(どこへ仕舞ったか分からない)、無くなった物は誰かが取ったと思い込み人を疑う…等の様子が見られました。
日常的な家電の扱いは出来たので助かりました。
電話はワンタッチ登録して、電話機に「ここを押すとえすえの家」などと一目で分かるように書き、それで使いこなせました。

父は自分だけの生活の中では、まだ日常生活に大きな差し障りがなかったので、私は食事や家事をしに父の家に数時間通うお手伝い程度で済みました。
その頃「介護」という言葉はあまり聞き慣れず大袈裟に思えたし、知り合いや親戚関係には「通いで父のお手伝いをしている」と伝え、皆納得していました。

私は認知症についての正確な知識はあまりなく、老人のボケについての一冊の本(統計・原因が中心内容)を買って読みました。
その頃、認知症のお年寄りへの対応策についての本は見かけた覚えがなく、読んだ本にも対応の仕方は書かれていませんでした。
私はまだ認知症と真正面から向かい合う気がせず、父を特別扱いせず普通の人と同様に接するのが一番良いと思っていました。

それが10年向き合ううちに、私の気持ちも大きく変わってきました…。


今日の花262262
玄関先の盆栽鉢に「サギ草」が見事に咲き揃ったお宅を見かけました。父が住んでいたマンションの管理人さんもサギ草の鉢を手入れされて、毎年この時期気高く美しい花を咲かせていました。

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