タクさんの徘徊探知機
2007 / 01 / 31 ( Wed ) 07:18:21
先週まで、タクさんの徘徊について書きました。 しかし、ケアマネさんが徘徊予防のために徘徊探知機のレンタルを勧めて下さって、一緒に市の高齢者総合相談室へ探知機の見本を見に行きました。 徘徊探知機は「ネズミが猫の首に鈴をつける」のと同じで、父に持たせるのは至難の技でした。 別売の専用布ケースに入れて、デイに行く時父のズボンの尻ポケットに入れました。 しかし、朝の忙しい時間なので、入れやすい尻ポケットのボタンがない方のポケットに入れたのが間違いの元でした。 デイの職員さんにも徘徊探知機を入れていることは当然伝えてありましたが、ある時父は突拍子もないことをしてしまいました。 父もこの頃はハサミがまだ使えたんですね〜。 「ズボンのポケットに入っているこれ、何だろう?? 多分、父の場合、徘徊する時の気分も切り裂き事件と同じようなものだったかと思います。 「とにかく田舎へ行かなくちゃ!急がなきゃ! 徘徊探知機をレンタルしてからは、残念ながら?一度も徘徊は有りませんでした。
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認知症中期のタクさん(本格的な徘徊)
2007 / 01 / 22 ( Mon ) 01:53:21
先週書いていたタクさんの徘徊シリーズの続きです。 今回の徘徊は「置手紙」があって本格的でした。 「田舎へ長男(父と同居の私の弟)と一緒に約二日間行く」という内容でした。 ガ〜ン!!ショックでした。もっと早く来れば良かったと…。 父は常々田舎のことが気になっていました。 弟に連絡して、自転車で周辺を探し回りました。 探しているうちに雨が降り出しました。 弟が早めに帰ってきて自転車で探しましたが、やはり見つかりません。 迎えに行くと、父は穏やかな表情でそのマンションの管理人の方とロビーのソファに座って話しをしていました。 父がそのマンションに来た時の様子を管理人の方に伺いました。 このマンションもオートロックだったのですが、誰かと一緒に中へ入ってしまったようです。 父は名前は名乗ったそうですが、連絡先が分からない。 父の姿を見ると、靴ではなく、玄関にいつも置いているサンダル履き。 マンションに入ったら、自分のマンションと勘違いして、ブザーを鳴らしたのかもしれません。 父が不安な気持ちで歩き回っていたのか? これらの徘徊の対応策として…。 しかし、後にこの徘徊探知機で、考えられないハプニングが起きました。
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認知症中期のタクさん(夜の徘徊)
2007 / 01 / 17 ( Wed ) 01:51:51
今日はタクさんの2度目の徘徊のことです。 2回目の徘徊は最初の徘徊から3日後の2002年3月16日(土)でした。 <注>タクさん他認知症一族 この2回目の徘徊は、私が他県の親戚の結婚式に泊りがけで出かけている時に起きました。 私が泊まりがけで居ないので、弟が仕事から帰ってくるまでの間に父は出て行ってしまったのです。 弟の仕事がいつもより遅くなり、父に夜6時半過ぎに電話をしたところ出なくて、夜8時頃帰宅したら思った通り居なかったようでした。 そのご夫婦が警察に連絡して下さって、父が名前を名乗ったのでしょう。 弟が迎えに行ったとき、父は呆然として、何が何だか分からなかったようです。 そして、またまた父はその数日後、今度は目的のはっきりした?徘徊をしてしまいました。
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認知症中期のタクさん(初めての徘徊)
2007 / 01 / 16 ( Tue ) 01:05:26
父は認知症初期の頃、集合玄関のポストに新聞や郵便物を取りに行く習慣がありました。 父の徘徊は2002年に入ってから、徘徊しそうな行動から始まりました。 そのたびに集合玄関にいる管理人さんに声を掛けられ未遂に終わりました。 父の記念すべき?最初の徘徊は、記録によると何と!デイサービス中でした。 2002年3月13日(水)のデイの終わり頃、外へいつのまにか出てしまい20分程居なくなったようです。 父の通っていたデイは、後に父が入居する特養の1階フロアでした。 入るのは自由でも、出るのは自由に出られないシステムの施設が多いと思います。 この日の私の記録によると、父は帰宅後もご機嫌で、デイは楽しかったと言っていました。 初めての徘徊は運が良いのか?悪いのか?デイサービス中でしたので、父の徘徊は大したことなく終わりました。 徘徊については、更に続きます。
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認知症中期のタクさん その8(鍵で閉じ込め作戦)
2006 / 09 / 18 ( Mon ) 01:52:28
「認知症中期のタクさん」シリーズの前回までで、先にデイやショートのことを書きましたが、まだ介護保険利用のきっかけを書いておりませんでした。 「タクさんの病歴と経過」(年表)を見ると分かりますが、1999年秋(認知症発症6年)に「初めての迷子」事件が起きた以外は1997年から2001年にかけて認知症の進行はゆっくりで、日々細々としたことはありましたが目立って大きな出来事もなく過ぎました。 父は勝手に外へ出ることもなく、日中の2時間位父の所へ通い家事をしたりして、夜間は同居の弟がいるので何とかなっていた日々でした。 ところが「認知症中期のタクさん その1(使い始めた紙オムツ)」に書いたような出来事が2001年秋(認知症発症8年、80歳)に急に勃発し、その後は急速に認知症に特徴的な「徘徊」も始まりました。 私が居ない時、父が外に出ようとしたところを父のマンションの管理人さんが声を掛け、徘徊は未遂に終わったことが何度か。 父がこのマンションに引越して来たときに、管理人さんに父はボケていると伝えてあったのに、それまでは父のボケ具合に管理人さんは気付かず、私が父のボケを伝えていたことは忘れていたようでした。 そのため弟と相談して玄関ドアに外からしか開けられない鍵を取り付け、可哀想ですが家の中の父には開けられないようにしました。 玄関ドアの鍵付近に傷跡があって、ガチャガチャいじって何度も開けようと試みた父の様子が伺えました。 失禁も始まり、このままでは限界だと思いました。 今日の花 ボチッと押すだけです↓↓読んで頂けたら、ランキングへ応援の一票をお願いいたします!! |
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2008 / 10 / 07 ( Tue ) 00:16:38




