特養の難点
2007 / 06 / 09 ( Sat ) 18:20:02
父タクさんの特養入所について、実はあまり嬉しくないこともありました。 特養ではデイのような小刻みの毎日のプログラムがあって一日を過ごすのではないことを知りました。 事実、施設に入所してしまうと特養でなくても、老健でも同じです。 それは私にとって、かなりがっかりすることでした。 今まで入所した2ヶ所のグループホームでは、同じ施設の同じフロアで行っているデイサービスに入所費用の範囲内で参加出来たのは、施設側のご好意からでした。 そんな訳で、父の特養入所はあまり嬉しくない部分もありながらの入所でした。 入所当時、父は健脚でお散歩好きだったので、一緒にお散歩をしたいと思っていました。 また、父の話し相手になってもらうボランティアさんを探しましたが、これも見つかりませんでした。 結局、父本人のことを何もかも分かる家族がするのが最も良い方法でした。 父の特養は我が家から自転車で約5分と近いのですが、アルバイトがあって日中毎日父の元へ通うことは出来ませんでした。
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とうとう特養入所
2007 / 05 / 31 ( Thu ) 21:29:13
2004年3月9日の夜に特養からの電話で、入所の知らせは突然訪れました。 グループホームBで父はまだ2ヶ月しか生活しておらず、これからという時。 父が居たユニット型の特養は定員70名。 父は特養がある市の隣接市の居住者で、その市の指定人数枠が確か10名。 順番待ちには、申し込み順もさることながら、要介護度、要介護状態や生活実態による順番の繰上げなど諸々があって、更に特養でお亡くなりになった方、または長期入院になった方などがおられないと順番が来ません。 知らせがあってから10日後の2004年3月19日、父はグループホームBから荷物を持って、タクシーで直接特養に入所しました。 父は何が何だか分からない人でしたから、「前に行った事がある所へ行くよ〜」と話し、抵抗なく一緒にグループホームから特養に来ました。 認知症発症11年、通い介護10年、83歳のことでした。 <注>
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タクさんの体力低下への経緯
2006 / 11 / 01 ( Wed ) 02:54:22
タクさんは亡くなるまで13年の長い認知症歴ですが、その殆どの期間は元気でした。 ◆たいしたことなかった狭心症 この頃も足腰はしっかりしていて、杖は持っていましたが、使わなくても大丈夫でした。 ◆環境の変化も乗り越えた 2003年5月、最初のグループホーム → 7月、在宅生活に戻り初めて訪問ヘルパーを入れる 父には気の毒な環境の変化でした。 ◆歯の治療を拒否 ◆歯が悪いと… ◆排尿がない ◆歯のために、きざみ食に ◆背骨を潰す ◆脱水症状 ◆食事が進まないため食事介助に通う ◆2006年の冬から春・初夏は安定期 ◆2006年7月、全て抜歯する ◆誤嚥性肺炎で入院 ◆よく食べて、何とか歩き出したのに… ◆きっかけは…多分「歯」から また、これらの体力低下に関わることとして、認知症であったことも原因していると思います。
今日の花
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亡くなる前日のタクさん
2006 / 10 / 31 ( Tue ) 03:17:27
亡くなる前日、10/24(火)のタクさんのこと。 前日の月曜は雨で、24日(火)も雨風が強い日でした。 12時40分頃父のユニットに入ると、父の昼食はすでに終わり、テーブルの上にはポカリのとろみ付きがカップにたっぷり入っているだけでした。 「お父さん〜♪えすえですよ〜。もう食べ終わっちゃったのね。この飲み物もさっぱりして美味しいよ〜♪」 飲みながら父は小さい声で何か色々しゃべる。 主語のない話、テーマの分からない話。 食後、そんな風に会話を交わして、その後、車椅子で3階のフロア巡り。 この日は、3階の飼い猫に出会ったかな?どうだったかな? 若い職員のTさんは、よく父の目の前でおちゃらけて踊って見せたり、いつも父を喜ばせてくれます。 それから、今度は腕を持っての歩行練習。 向かい合って、父が私の両腕に摑まって、「イチ、ニ、イチ、ニ!!」と声を掛けながらゆっくり歩く。 そのうち、父のズボンの股下が異常に短くなっているのに気がつく。 歩行練習時は、父に語りかけても父は黙って頷くだけ。 その後、今度は手の爪切り。 そして、3時のおやつの時間。 父の部屋に入ると壁の時計が止まっていました。(父の私物) 今になって思うと、父の壁時計が止まったのは…父が終わる予感だったのかな?? 「今日は用があるから、ちょっと出かけて来るね!お父さんはゆっくりしていてね」と、 外は再び雨が降り出していました。 この翌日の夕食後、様子が急転して、亡くなることになるなんて、思いもしませんでした。
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「可愛い」が嬉しい♪
2006 / 10 / 24 ( Tue ) 02:25:48
昨日(10/22)は、イズさんの老健からドロドロの気分のまま、タクさんの特養に行きました。 夕食前、ベッドで横になっている父に声を掛けると今日は調子良さそう。 ショートステイのユニットは、いつも女性入所者がおしゃべりしたり、塗り絵をしたり、タクさんのユニットよりにぎやか。 父は在宅の頃から「可愛い」と言われるのが、なぜか好きです。 フロア巡りしながら、何の前触れもなく父に話しかけました。 「お父さん!お父さんって可愛いね〜♪可愛いおじいちゃんだね♪」と。 これって、赤ちゃんが笑った時と状況が同じみたい(笑) 認知症の場合、どんな話をしようかと困ることがあるかもしません。 「可愛い」のことがあったせいか、夕食時も父は頭が冴えていました。 「…可愛がってあげると、喜ぶんですよね」 「あとで何と言われるか…」 その前後に何て言ったか分からない部分があるのですが、私が聞き取れた言葉は上記のように意味有りげ。 こうして、私は父の認知症が相当進んではいるものの、結構楽しく、父と笑いながら接することも多いのです。
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「お父さん!」の意味
2006 / 10 / 21 ( Sat ) 00:47:56
今日(10/20)の特養のタクさん、ボーッとしてました。 夕食中、父の向いの席の元気が良いSさんが、父に大きな声で、 「お父さん!しっかりして良かったね!分かった??」ともおっしゃってました。 Sさんは今日は何度も「お父さん!」と父に呼びかけていました。 けれど、父が全く無反応なので、私が父にSさんの語りかけを説明しますが無反応。 そういえば、特養の女性入居者は「お父さん!」と、お父さん(夫)がいなくても呼びかけています。 私の母が亡くなる少し前、重篤の時、「お父さん!お父さん!早く来て!」と、傍に私が居るのに叫び続けていました。 では、「お父さん」(夫)側は妻のことを、「お母さん」あるいは、名前で、認知症になっても呼ぶのでしょうか? 妻は夫のことを頼りにしていたり、どんな時でも覚えているようなのに、夫の方はそうではないのか?? 私の父は妻のことを認知症になった当初から、全く覚えていないらしく一度も話に出てきません。 老健にいる義父も、認知症ではないけれど、亡くなった妻のことを話すことはありません。 認知症になってからの夫と妻。
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タクさん、退院後初のトイレ成功!!
2006 / 10 / 17 ( Tue ) 01:34:39
ちょっと間が空きましたが、現在のタクさんの様子です。 ◆トイレできばれた!! 前にも書きましたが、何しろ退院後も時々発熱するので、なかなか大きく前進出来ません。 ◆車椅子でも徘徊?がお好き ◆夕食後のひととき 今日も父にお馴染みの歌を歌ってあげて「お父さんも一緒に歌ってね!」と言ったけれど、「うんうん」頷くだけで、やはりダメでした。 ◆言葉の魔法 逆に、本当に具合が悪そうな時は無理に励ましたりしません。 また、父のちょっとした仕草や様子を見逃さずに「お父さんて面白いね〜楽しいね〜♪」と、言うと大抵ニッコリ笑ってくれます。 父にとって、毎日一つは楽しい事が有り、少しずつでも前進ある日々でありますよ〜に♪
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認知症の行き着く先
2006 / 10 / 11 ( Wed ) 01:24:40
一昨日(10/8)のタクさんは元気で、夕食前に車椅子でフロア内を散歩した時、 父が居る特養の三階フロアには猫が居ます。 そして今日(10/10)は、昨日から熱が出たそうで、夕食は私の介助で全部食べましたが、手が熱く元気がありません。 今はもう、私には手が届かない「父だけの静かなる世界にいる」ようなことが増えました。 *** *** *** *** *** 父の物忘れがひどかった頃、何かと煩わしいことだらけでした。 父の失禁が始まって、徘徊もあって、様々な認知症特有の症状に悩まされて、それらの対応に追われていた時期もあったけれど、それでも父との会話が成り立っていました。 現在、一見、無気力、無感動、何も考えていないような、ボーッとした様子。 父自身では生活の殆どのことが出来なくなってしまいました。 父がこんな風になるなんて、父には有り得ないことだと思っていました。 父はとうとう認知症の行き着く先まで来てしまったけれど、私は諦めない。
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タクさん、歩けた!!
2006 / 10 / 06 ( Fri ) 20:24:23
今、タクさんの特養から帰ってきたところ。 入院4週間、退院後2週間、今日のブログに「もう歩けない気がする」と 夕食前に今日は早めに特養に行ったら、ナースが痰の吸引をして下さったあとで、父はベッドで目覚めていました。 今日も私がベッドから車椅子に父を移乗して、フロア内をあちこち巡って…。 そこで理学療法士さんから父のリハビリの経過を聞いて…。 だったら、今、私の肩に摑まらせてやってみましょう!と話が進み…。 車椅子から立ち上がってもらい、父と向かい合った私の肩に摑まってもらって、 5〜6メートル?6畳の部屋一周分くらい?そうやって一回り。 職員の皆さん方にも吉報は伝わり、喜んで下さった!!
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退院後2週間、イマイチ元気がないタクさん
2006 / 10 / 06 ( Fri ) 03:51:10
父の入院以降、特養に戻ってもずっと毎日通う日々が続いていたので私も少し疲れました。 ◆目をなかなか開けない 父を目覚めさせ(目は閉じたままだが)、ベッドから車椅子への移乗を初めて一人でやってみました。 ◆食事時に涙 食事前にたんの吸引をしてもらった時も、少し涙目だった父。 夕食は全介助で全部食べました。 ◆父の散髪 昔から父の髪はオールバック。 大体3ヶ月に1度カットしていましたが、父の様子から、ひょっとしたら今回のカットが最後になるのでは?そんなことにならなければいいが…と思っていて、私がカットしたかったのですが…。 職員さんは丁寧に謝って下さり、私も手間が省けたわけですから文句も言いません。 ◆リハビリ ◆歌も歌えない
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2008 / 10 / 07 ( Tue ) 00:26:50










