認知症中期のタクさん その15(デイ・エピソード集2)
2006 / 10 / 02 ( Mon ) 01:34:48

現在タクさんが入居中である特養のデイサービスに通っていた頃のエピソード。
メモ魔のタクさんの娘もメモ魔でした(笑)
古い手帳を取り出して思い出しながら書きました。

◆右膝を負傷してもデイへ
父と腕を組んで仲良く歩くのは、あの事件からでした。
それまでは、腕など組んではいませんでした。

デイにすっかり通い慣れた2002年7月下旬、デイの帰宅時父は自宅マンション入り口の急な階段で転びました。
あと1段で上り切るところをつまづいて、私の目の前で前のめりに倒れました。
父はしばらく立ち上がれませんでした。

整形外科で「右膝にひび」が入っているとの診断でしたが、デイは一日休んだだけで週4日の通所日は通い続けました。
痛みが強くて一日だけデイを休んだ日は、自宅で何時間も父と歌を歌って過ごしました。
父は元気良く大きな声で色々な歌を歌い、昔の歌を教えてくれたりもして、歌っている間は痛みを忘れているようでした。

負傷後の数日とショートステイは多少痛がりながらも膝にコルセットを付け通常通りこなしました。
通院は続けていましたが、日が経つにつれ益々痛がり、デイの職員さんに「辛そうで可愛そう」とも言われました。

膝が痛い以外は動かなければ元気だし、家にいると「何で膝が痛いんだろう?」と何度説明しても転んだことを忘れ度々言いました。
家でじっとしているよりは、デイに行った方が父も気が紛れると思い、鬼娘の私は父をデイに送り出しました。
その代わり、デイでは車椅子を使ってもらうことにしました。

デイのチーフが「タクさんはいつも動き回っている人だから、大人しく車椅子に座っていられるだろうか?一応やってみましょう!」との返事でした。
試したところ、さすがに父も車椅子の方が痛くなくてラクだったようで、大人しく座っていたそうです。
最も痛がっていた時期の1週間程は車椅子でデイの生活は対応できました。

すぐ近くの整形外科に通う時、歩いても5分程度の所にありましたが、そこまで歩くのも痛がっている父には無理でしたので、車椅子を近くの公民館から通院用に2週間無料で借りました。

認知症が進んでから何かと怖がりになっていた父は、車椅子に乗って通院するのをとても怖がりました。
「おい!車が来るぞ!危ないじゃないか!」と、乗っている間中怒鳴っていました。
通院途中は急な坂道と急カーブがあって、狭い歩道はデコボコしていましたし、車の往来は多いし、父は怒鳴るし、週何回かの通院は私も神経を使って気が滅入りました。

自宅での入浴も跨いで浴槽に入る時、大いに痛がって大変でした。

膝の痛みは負傷の1週間後位がピークで、その後は痛みも段々弱くなり、40日後には殆ど治りました。

父の足取りは割合達者でしたが、これ以降、私は父と歩くときは用心して腕組みするようになりました。


参照↓↓
タクさんの病歴と経過 その2


今日の花262262
紫色の菊科の花でとても背丈が高い花を何度か見かけました。調べたら「紫苑(シオン)」でした。名前は知っていましたが、イメージとは違いました。すーーっと伸びた高さは2m位はありそうで、茎もかなり太くがっちりしています。

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認知症中期のタクさん【デイサービス】  TB:0 CM:2 admin page top↑
認知症中期のタクさん その14(デイ・エピソード集1)
2006 / 10 / 01 ( Sun ) 01:44:06

少し間が空きましたが、タクさんの「デイサービス・シリーズ」の再開です。
現在入居中の特養のデイサービスに、頻繁に通っていた時の様々なエピソードを紹介します。

◆どこでも宜しくお願いします!
デイの送迎車に乗るときに、まず「宜しくお願いします!」と言う父。
きっとデイに着いてもそう言っていたのでしょう。

そのせいか、父と一緒に近くの医院へ行った時も、玄関に入るなり待合室の患者さん達に「宜しくお願いします!」と、はっきり言って礼をしていました。皆さん「あれ?」て顔をして、それでも無言で父に挨拶を返していました。
ある医院では、挨拶された患者さんの一人が「礼儀正しいお父様ですね」と。

医院だけでなく、一緒に時々入る喫茶店でも、お店の人が注文を取りに来たら「宜しくお願いします!」。
悪い言葉ではなかったので、言われて嫌な顔をする人がいなかったのが幸いでした。
父にしてみれば、ここがどこか、何がどうなっているのか分からないので「とりあえず言っておけば間違いないだろう」と思っていたのでしょうか?
改めて父に聞いてみたいです。

◆デイの送迎車はタクシーか?!
デイの送迎車で帰ってきて車を降りる時、「おいくらですか?」と、時々言ってました。
運転手さんに「お金はいりませんよ」と言われると、その言葉に意外にもすぐ納得する父。
払わないで済むなら、ケチな父でなくても皆そうかもしれませんね。

◆デイの車を降りたくない
認知症中期も後半になると頻繁にデイの車から降りないことが増えました。
デイの帰り、所定の場所に私が迎えに来て声をかけているのに、父は絶対に車から降りないのです。
何が何だか状況が納得出来ないのに、人に指図されたくない父の気持ちだったのでしょう。

仕方なく、まだデイ利用者が何人か乗っているのですが、空いた席に私も乗り込んで運転手さんにその辺を一周してもらいました。
車に一緒に乗って、父と話をして気持ちをほぐしました。
それで大抵は父の気分が変わって車を降りる気になってくれました。
一周ではダメで二周したこともありました。

運転手さんも気心が分かっている方なので良かったですが、他の利用者の方々も、特に不審そうにはしていなかったのも幸いでした。

◆デイから帰りたくない
上記と同じ時期に、デイから父だけ帰らないことが増えました。
職員さんに色々話をしてもらっても、全然父は帰る気になってくれません。
電話で私が直接父と話しても帰る気になってくれませんでした。
「何言ってるんだ?!訳わからん!!」などと言って怒っていました。

仕方なく、自転車を飛ばしてデイまで迎えに行って、父をやんわり説得して車に自転車も乗せて父と一緒に帰って来た事もありました。
その後、父の「帰りたくない症候群」が出た時は、父の気が済むまでデイに居させて頂き、遅い時間に特別車でご帰還なんてことも何度かありました。

◆自宅を認識出来ない
デイから機嫌よく帰ってきて、父と腕を組んでマンションの中を通り自宅玄関に入ると、父はよくこう言いました。
「ここは前にも来たことあるような気がするな〜♪」と、真顔で言っていました。
その割には玄関に入ってすぐ、壁にある照明のスイッチをためらわずに押して明かりをつけていましたっけ。
習慣は記憶より勝るのでしょうか?

◆犬もしないよ
デイの車を降りて、少し歩くと父のマンションの入り口になります。
そのわずかな距離を一緒に歩いているとき、父はしばしば「あぁ、ションベンしたい!我慢出来ない!」と急に言い出します。
その道は歩道が狭く、脇はマンションのコンクリートの壁で、車道は車が頻繁。
こんなところで立ちションなんて絶対に出来ません。
「お父さん、もう少し我慢してね!すぐウチだから。漏れても大丈夫なパンツ履いてるから、出ちゃっても大丈夫よ!」と言いますが、父はイライラ。
「こんなとこじゃ、犬もオシッコしないよ!」と言うと、「ああ、そうか!」と犬好きな父は妙に納得してくれることもありました。


参照↓↓
タクさんの病歴と経過【年表】

今日の花262262
あちこちで、大きなラッパ型の花が下向きに咲いていました。「エンゼルス・トランペット」です。別名「木立朝鮮朝顔」。父のマンションの花好きな管理人さんも鉢植えで育てていました。ピンクや黄色、真っ白などが一般的です。花と同じくらい葉っぱも大きく、つるつるした木の幹で、夜になると香るそうです。

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認知症中期のタクさん【デイサービス】  TB:0 CM:2 admin page top↑
認知症中期のタクさん その13(通い介護のデイ当日)
2006 / 09 / 27 ( Wed ) 03:06:29

最初、デイは月2回から始めましたが、「タクさんの病歴と経過」(年表)にあるように、とんどん回数が増えていきました。
父の徘徊が増えたりして目が離せなくなるため、デイに行ってもらい見守りをお願いする形となりました。
幸い、父はとても元気でしたから毎日でも通うことが出来ました。

前回のデイの前夜に引き続き、デイの日の朝のドタバタは、こんな様子でした↓↓

◆父を起こす
父と同居の弟は早朝仕事に出る前に父を起こし、父のびっしょり濡れた(紙オムツからいつも漏れる)パジャマを服に着替えさせてから仕事に行くことになっています。
父は起こされるまでたいてい朝まで熟睡していました。
時々、明け方トイレに行こうとして目覚めることもあって、その時起きたら時間が早くても、そのまま着替えをして父に起きていてもらうようにしていました。
たまに再びベッドで寝ていることもありました。

◆自宅を出て父の家へ
デイの送迎車は朝8時45分頃、父のマンションのすぐ近くの場所に来ます。
私は自宅の家事を済ませ、自転車で大急ぎで父のマンションに行きます。

父がデイに出るということは、私はその時間前に父の元へ行っていなくてはなりません。
父の何かがあるたびに、私は父の元へ通うことになります。
訪問ヘルパーさんと同じことです。
私が元気で父の元へ通わないと、父は一人ではデイに出られないのです。

父は私が来ると玄関まで出迎えてくれるので、その時「おとうさん!おはよう!今日、これから楽しく歌ったり、しゃべったり楽しく過ごすデイサービスに行こうね!!」と着いて早々、いつも同じように父に言います。
すると父は前回書いたように「それは何だ?」の質問など色々聞いてくるので、いつも同じように、とにかく機嫌を損ねないよう対応します。

何回もデイに出るようになると、父も朝出掛ける習慣がついたようで、デイのことを最初の頃ほど説明しなくても、「そりゃぁいいね!!じゃ、行くか!!」とすぐその気になってくれてラクになりました。
認知症が進んでも、何度もする行為は不思議と体で覚えているようです。

◆筋書き通りじゃないことも
私が父の元へ着いた時、もし父が着替えを済ませてなかったら着替えさせ、もし食べてなかったら、それは時間がないから何か一つでも口に入れさせ、飲み薬を飲ませ…その間に父の汚れ物を洗濯機に放り込んでスイッチを入れます。

食べてないことも時々ありましたが、最悪は弟が起こしても父が起きずにそのまま寝ていて、弟が出勤後、父が起きてきたケースでした。
そういう時は、メールで弟から連絡が来て、いつもより早く父の元へ行きます。
パジャマはびしょ濡れのままだし、食事は食べてないし、私も大慌てで支度をさせます。

こんな時に限って時間がかかる排便をしたいとか言い、私もイライラしましたが、まぁまぁまぁまぁ…と気を落ち着かせるしかありませんでした。

◆送迎車を一緒に待つ
父と一緒に玄関を出る時、父はいつも「忘れ物はないか?」と昔からの習慣通り言いました。
仲良く腕を組んで(転倒防止のため)外へ出て、送迎車が来るまで所定の場所で歌を歌ったり、おしゃべりして待ちました。
これは楽しいひと時でした。

◆送り出した後
父を送迎車に乗せると、大急ぎで父のマンションに戻り、ゴミ出しや洗濯物を干したり、日によっては布団干し、部屋の掃除などを済ませ、父のマンションから私は仕事に出ます。
家が二軒あるのと同じでした。
午後、私は仕事を終え自宅に帰り、父がデイから帰宅する前に父の家へ再び行き、送迎車から降りる父をお迎えしました。

父がデイに行くようになって、私も緊張感を持ち、毎日父の元へ通勤しているようなものでした。
私の都合で遅刻や欠勤が出来ないスリリングな毎日でした。
弟との連携もあって、これらがスムーズに行くと本当にホッとしました。


参照↓↓
タクさんの病歴と経過【年表】


今日の花262262
秋になってから沢山咲く種類の朝顔があります。先日もハッとする綺麗な空色で一斉に咲き揃っているのを見ました。西洋朝顔の「ヘブンリィ・ブルー」です。日本の朝顔より葉っぱが厚手でツタのような形をしています。

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認知症中期のタクさん その12(通い介護のデイ前夜)
2006 / 09 / 26 ( Tue ) 21:07:19

昨日はデイに初出陣した父のことを書きました。
無事に初出陣したけれど、さて無事帰宅出来たか?と言うと…所定の場所にお迎えに行くと、無事送迎車から降りてきました。
職員さんの話によると特に変なこともなかったようで、胸を撫で下ろしました。

父に念のために「デイサービスはどうだった?何か楽しいことしてきたんじゃない??」とすぐに聞きましたが、案の定、首を傾げて「…??」。
さっぱり何があったか覚えていないようでした。
父の記憶には何にも残ってないので、次からはデイのことを聞くのは止めました。
覚えていない記憶のことを訊ねるのは、不安を誘うだけですからね。
デイの記録ノートに大体のことは書いてあるし、職員さんに聞けば教えてもらえますから。

父がデイに行ってくれれば、私はその間にアルバイトの仕事を済ますことが出来るし、何たって、日中父と一緒に居て面倒を看るのが毎日だと、お互い息が詰まってしまいますもん。
離れている時間があればこそ、お互い気分転換になり、良い介護が出来るってもんです。

さて、通い介護の場合父をデイに送り出すためには、同居の場合と違ってそれなりのやり方がありましたが、前夜の準備などは同居の場合も同じかもしれませんね。

◆入浴・髭剃り
デイ前夜は入浴を済ませ、髭剃りをして父を身綺麗にしてあげます。
髭剃りは認知症初期の頃は自分でしていましたが、デイに通うようになった頃は髭剃りが出来ない訳ではありませんが、仕向けてもなかなかする気になってくれなかったりして手間取るので殆ど私が剃っていました。
父は髭剃りをしてもらうことは嫌がらず、フォームを付けてT字型の髭剃りで剃ってあげると、気持ちよくなってウトウト眠ってしまうこともありました。

◆服・肌着・朝食・薬の用意
父がデイに着ていく服や肌着をを揃え(前夜に肌着を着替えても朝びっしょり失禁で濡れるので)ハンガーと籠にセットにして、朝父の着替えをする弟に分かるようにしておきます。
父の朝食は昔からの習慣のパン食で、それを弟に分かるように用意して、朝弟が父に出し、父に食べてもらいます。
弟とやり取りしている「連絡ノート」にもそれらを書いておきます。

のちに飲み薬が常用になり、デイに持っていく分を用意し、「デイの連絡ノート」に父のことを書き込みして、朝さっと出られるようにしておきます。

父には明日のことは一切告げず、「ゆったり今を」過ごしてもらいます。


参照↓↓
タクさんの病歴と経過【年表】


今日の花262262
よく育つとカーブを描いて枝垂れて咲き、その姿が孔雀の羽ような「孔雀草」。真っ白で陽に輝く孔雀草をよく見かけますが、薄紫もあります。毎年彼岸の頃に満開になります。

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認知症中期のタクさん その11(いざデイに出陣!)
2006 / 09 / 25 ( Mon ) 16:59:37

父をデイサービスに行かせることについては、当時、結構認知症が進んでいたこともあって父にその気にさせるのは簡単でした。

「デイサービスって何だ?」「金がかかるんだろう?」「どこでそれはやるんだ?」などの質問が来ましたが、
「お金は老人専用だから、殆どかからないから心配いらないよ♪」
「会費は先に払ってあるからね♪」
「楽しく歌を歌ったり、ゲームをしたり、しゃべったりしてお昼も出て、一日楽しく過ごせる所よ♪」などと言うと、
「ほぅ!それはいいなぁ、じゃあ行ってみるか!!」と、こんな具合でした。
話したその後、父はすぐ忘れてしまうので、父自身がデイについて気になったり心配したりということは全然ありませんでした。

もともと「お出掛け」とか「散歩」とか外出はとても好きな人でした。
ただ、「老人の集まり」というのは嫌っていましたから、「年寄りが多いけど、若い人もいるのよ」と話しました。
若い人って、勿論職員さんのことです(笑)

行く前日にも、デイについての話は私からは一切しませんでした。
話しても翌日のことなど、良くも悪くも父はすぐ忘れてしまうからです。

その代わり、行く日の朝は大忙しの中、デイに行くことを真っ先に伝えます。
すると、毎回毎回、上記のような質問が来ました。
「デイサービスって何だ?」「どこでやるんだ?」と。
私も初めて聞いたふりをして、いつも同じように応えました。

その後、父はデイのベテラン?になって週7回、毎日通うようになってもデイに行く時はいつもその繰り返しでした。
「まったく!!」って感じでしたが、私は抑えて抑えて…(^-^;;
父が気持ちよく元気に出て行ってくれれば、いつも同じ会話で同じことを聞かれても仕方ありません。
そして、「父の機嫌を損ねず、不安を抱かせないため」にはちょっとした嘘も方便です。

初めて父をデイサービスに送り出す日、ちゃんと一日過ごせるかな?と、それが一番心配でした。
もう、幼稚園児を初めて送り出す気持ちと同じで心配でした。

所定の場所に送迎車が来て、車から降りてきた職員さん。
とても良い笑顔で父に挨拶して下さって、車に乗せて下さいました。
父も「宜しくお願いします!」と頭を下げてました。
そして、車に乗るのは当然という顔でさっさと乗り込みました(笑)
父は「あんたは乗らないのか?」と私に言いましたっけ。
この初日の送迎車に父が乗る時のシーンは、今でもはっきり覚えています。

この頃、父は殆ど私の名前を忘れていて名前を呼ぶ事はありませんでした。
「あんた」と呼ぶことが多かったです。かなり寂しかったですが…。

さて、デイに父を送り出すために色々したことがありました。
次回はそれらをお話します。

参照↓↓
タクさんの病歴と経過


今日の花262262
今年も良い香りが街を漂っています。黄色の小さな沢山の花が枝にたわわと咲いています。散り始めると木の下は黄色の絨毯になります。ご存知「キンモクセイ」です。本格的な秋の到来を感じます。

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認知症中期のタクさん その10(デイの無料体験)
2006 / 09 / 20 ( Wed ) 02:35:10

父の介護保険利用については、体はビンビン元気だったのでトイレや風呂に手摺りを付ける等の住宅改修は全然必要なく、まずデイサービスに行くことから始めました。

余談ですが、ケアマネさんが初めて父の家に来たとき、父には「奥に居ていいよ」と言ったのに、「どうぞ〜」と言いながら自分で湯飲みにお茶を入れてこぼさないように運び、ケアマネさんにお出ししたりしました。
これにはビックリ!でも、その湯飲みは父がいつも使っている湯飲み茶碗だったし、お茶はこぼれんばかりに湯飲みになみなみと注がれていました。

この頃、父はなぜか湯飲みに目一杯お茶を注ぐのを常としていて、よくお茶は溢れてこぼれていました。
電気湯沸しポットのボタンを押す加減が分からなかったのか、何だか分かりませんが?

認知症初期の頃、デイのようなお年寄りの集まりの場には「年寄りばっかりのあーゆーのは行きたくない!バカバカしくて…」と言っていた父でしたので、デイのような場はどうかな?と心配な面もありました。
そこで、ケアマネさんの提案で、その頃デイの無料体験期間だったので、まずそれを受けてみようということになりました。
この頃、介護保険が始まって間もないこともあり、まだデイの利用者が定員に満たなかったそうで、そのため無料体験などがあったようでした。
今は行きたい曜日は満員で、好きな日が選べなかったりするようですね。

デイの無料体験に私も一緒に参加すると、父は活動部屋の様子をあれこれ眺めて回りましたが、皆の様子にはあまり関心がなさそうでした。
色々な作業道具などが棚に置かれていて、道具類などが好きな父はそういった細々とした物に興味を示していじっていました。
デイ参加は理解出来てなくてまるで他人事のような感じの父でしたが、特に問題はなさそうでしたので、まず手始めに月2回から参加することにしました。
入浴は私でないと父はダメそうだったので、入浴はデイではしないことにしました。

デイ通所については次回に…。

参照↓↓
タクさんの病歴と経過【年表】


今日の花262262
今日見かけた花は猫のしっぽのように見える赤い毛に覆われた可愛い花の「キャッツテール」。これからの季節、ふわふわした赤い猫のしっぽのお出ましは続きそうです。

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