昨年の今頃
2007 / 09 / 08 ( Sat ) 11:40:09
台風が去って、行く夏を惜しむかのようにセミが鳴いています。 この時期、夕暮れがとんどん早くなる夕方です。 父の病室の窓の傍の大きな木にセミが止まってミンミン鳴いていて、父に「セミが鳴いているのが聞こえる?」と話しかけましたっけ。 今考えると寝たきりなんて、そう簡単になるものではないと分かりました。 あの頃の父の状態からすると、寝たきりになる心配よりも、ベッド生活が長くなることで褥瘡(じょくそう/床ずれのこと)が出来ることの方を心配するべきだったと介護職になって感じました。 1ヶ月寝たきりの入院生活から特養に戻った父は、ベッドに褥瘡(じょくそう)防止のエアマットを入れました。 早いもので来月の10月には父の一周忌を行います。 ランキングに応援のクリックをお願いします↓↓ 人気blogランキングへ http://blog.with2.net/link.php?323044 ブログ村介護ブログランキングへ http://care.blogmura.com/in/067042.html |
父の新盆
2007 / 07 / 12 ( Thu ) 20:38:12
父タクさんが亡くなって早8ヶ月が過ぎ、新盆を迎えます。 私の家には仏壇はありません。 父をマンションに呼び寄せ、私が通い介護をして10年。 父が買った自慢の仏壇。 お盆の道具類も、父が母の新盆の時に買った自慢のもの。 あの頃、若かった私は仏事のことには無関心でしたが、父が若くして亡くなった母のために何かと動いていたことはよく覚えていました。
ランキングに応援のクリックをお願いします↓↓ 人気blogランキングへ http://blog.with2.net/link.php?323044 ブログ村介護ブログランキングへ http://care.blogmura.com/in/067042.html |
タクさんの相続に関すること
2007 / 02 / 08 ( Thu ) 02:11:26
今日2/7(水)は、亡くなったタクさんに関する大事なことを一歩進めました。 昨年秋、タクさんが亡くなったあと面談した司法書士の方に家に来て頂きました。 遺産、相続、税金、登記など、このようなことは、私の最も苦手なジャンルです。 そんな大それた財産ではないのですが、母親の死では、その時点で父が居たし、財産関係のことは何もなかったので相続に関わりを持つことはありませんでした。
|
タクさんに会えなかった介護保険証
2007 / 02 / 02 ( Fri ) 01:21:42
今日は「訪問歯科の仰天エピソード」の続きを書くつもりでしたが、外しちゃいます、ゴメンナサイ。 前日に父が居た特養から連絡があって、今日、2/1(木)は久しぶりに特養に行ってきました。 父が亡くなってからも何度か訪れた特養でしたが、久しぶりに行くと懐かしいような、逆に今でも毎日通っているような。 いつも居るネコのコータローも、いつも通り廊下でゴロニャンとしていました。 父が居たユニットの入居者の皆さんのことが気になっていたのに、なぜか、お顔を見ずに帰ってきてしまったことが悔やまれます。 父が亡くなって早いもので3ヶ月を過ぎました。 全部終えてしまうと、父はもう帰ってくる所はないんだな…。 実際、司法書士の方と進めていく面倒な事柄などもあったりするのですが…。 父が亡くなる月の10月に要介護度の区分変更を出してもらって(特養がやってくれる)、その途中で父は亡くなってしまい「要介護4」のまま亡くなったと思っていました。 亡くなってから届いた新しい介護度の保険証でしたが、申請した日付に遡って施行されるんですね。 すでに介護保険に関する事務処理も終えてしまっているので、この保険証は本人と顔合わせをすることがなかった珍しい保険証として、記念に残しておくことにしました。 何だか今日は、特養に行ってから、少し切ない気分になっていたのでした。 ランキングに応援のクリックをお願いします↓↓ 人気blogランキングへ http://blog.with2.net/link.php?323044 ブログ村介護ブログランキングへ http://care.blogmura.com/in/067042.html |
タクさんの納骨
2006 / 12 / 24 ( Sun ) 01:19:33
今日はタクさんの四十九日法要と納骨でした。 お父さん、私達と一緒の最期のお出掛けが良い天気に恵まれて良かったね♪ とうとう、父はお墓の中に入ってしまいました。 でも、父は、私のブログの中では生き続けているもんね〜♪ お墓のカロートは父の骨壷を入れたら、あと2つ入れられるかどうかの満員状態。 納骨の時、私はうっかりしていたことに気付きました。 沢山あるので、骨壷には全部父が名前と没年月日を書いていたのです。 仕方ない、次にお墓を開ける時、名前を書くしかないですね。
向こうに見えるはヒノキの新緑 畑の中に可愛いヒノキ ヒノキの葉 写真をクリックすると大きくなります ボチッと一押しするだけです。良かったらクリックをお願いします↓↓ 応援のクリックがとても励みになります。 |
タクさんの四十九日
2006 / 12 / 15 ( Fri ) 02:19:52
昨日(12/13)は、タクさんが亡くなって四十九日の日でした。 ◆実際の四十九日 ◆父の遺骨 「タクさんが、枕元に立っても知らないぞ」とか言っていましたが、私は父の遺骨と少しでも長く居られた方がいいし、枕元に立ってくれたら嬉しいです(笑) ◆仏教の四十九日とは? ◆父の骨壷 骨壷は桐箱に入っていて、骨壷と桐箱の隙間に埋葬許可証は入っていました。 この骨壷はなかなか素敵な骨壷で、お墓に入って日の目を見なくなるのが惜しいような骨壷です。 ◆父の遺骨確認 実は昨年、ある特別な出来事があり、お墓に入っている父のご先祖様の骨壷を開ける機会があったのです。 骨壷の蓋を開けると、父の遺骨は火葬場で見た通りに、綺麗に積まれて入っていました。 よく、病気だった部分は色が違うとか、特別な薬を飲んでいた場合も色が変わる、とか言われていたので気になっていました。 色が変化している部分は、殆どの場合、一緒に入れた遺品や花の色が付着したり、焼く時の火力の具合の違いだと言うことが分かりました。 ◆父の棺に入れた物 ◆父の居ないこれから 父の人生、父への思い、そして、人生とは? 偉そうなことを言っても始まりません。
|
会員になっている葬儀屋のこと
2006 / 12 / 10 ( Sun ) 00:42:51
先日、位牌を購入したお店で、今日は仏壇を見てきました。 昨年頃から、父の先が長くないと感じていた私は、葬儀関係のことを考え、いざというときに慌てないように、葬儀屋も決めておきたいと思っていました。 昨年秋、父がちょっと危なくなって、緊急に病院へ行った時は正直ビビリました。 危ない時にそんな風に考えるのは邪道かもしれません。 私は昨年辺りから体力低下が見られる父の状態を目の当たりにして、そこまで、いつも考えていました。 父のことに関して、父の志を尊重しつつ、全て責任を持って執り行いたいと思っていました。 そのせいでしょうか? 母が24年前に亡くなった時、父の手助けをしながら2回も葬式をして、結構大変だった経験から、費用もやり方も納得出来る葬儀にしたいと思っていました。 父の葬儀は考えた通りの内容で、予算通りの明朗会計、不満な点はありませんでした。 ちなみに、この葬儀屋さんは結構大手でTVでもCMをやっています。(東京だけかも?) この葬儀屋さんの会費は5万円で1度納めるだけで、他は何も要りません。分割も出来ます。 さて、今日は仏壇を見てきた話をする予定でしたが、葬儀屋の話になってしまいました。
|
父が亡くなって
2006 / 12 / 06 ( Wed ) 07:12:06
父が亡くなったら、色々と大変になる…というのは、あらかじめ予想がついていました。 私は事実上の喪主なのです。 24年前に母は亡くなりましたが、元気だった頃、「お父さんが先に亡くなったら大変だ!!」と言っていましたが、あの頃よりも現実はもっと大変になっています。 お母さん、早死で、若くして亡くなったから、皆に惜しまれて、何かと得しちゃったね。 こんなお荷物を背負わないで済む人も多いと思うけど、こういう荷物を背負って、でも、少しずつお荷物を軽くするよう努める毎日もまんざらではない。 昨日は、出し遅れていた喪中欠礼をやっと全部投函しました。 うちが出すより先に、他の人から喪中欠礼がすでに届いていました。 今月には重要な父の納骨と四十九日法要があります。 昨晩は疲れて、遅い夕食後、早くからソファに座ったまま朝まで爆睡。 さっき、自分のブログを見たら、昨日はまあまあアクセスは多かったな〜。 認知症の父のこと、中身の濃いもの書こうかと思っていたけれど、疲れちゃったから、今日はグチこぼしだけになりました。
|
タクさん危篤時の裏話 その3
2006 / 11 / 27 ( Mon ) 01:07:50
父が亡くなって今日11/26で1ヶ月が経ちました。 時と共に忘れないうちに、父の危篤時の裏話続編を記録しておきました。 ◆魂も何もかも抜けていく? 検査後、多分8時半過ぎ、父が最後の言葉となる「どうもすみません」を言ったあと、別室で看護士さんに着てきた服から病院のパジャマに着替えさせてもらい、その時オムツ替えをしてもらっていました。 9時半近くに病室に入り、8〜9月に誤嚥性肺炎で1ヶ月入院した時と同じに、「プワッ、プワッ」と水泳の呼吸法と同じ口呼吸をしていました。 その後、何度か酸素濃度が極端に下がった頃、父のお腹がゴロゴロ言っている感じがしました。 その間に私はロビーに出て、それまで電話が通じなかった弟に、電話で急いで来るように伝えたのです。 人は亡くなる時、脱力して、出るものは全部出てしまうと聞いたことがありました。 ◆父が最後のお別れをする その頃、多分12時50分過ぎ、夫も弟も傍に居ました。 酸素を更に追加すると、酸素濃度が上がりました。 その後、看護士さんが顔の向きを直すと、大きく深呼吸のような息を2〜3度して喉が動き、その後の呼吸はなくなりました。 父の最後のお別れ…言葉にはならなかったけれど、私は確かに受け取りました。
|
父の位牌
2006 / 11 / 21 ( Tue ) 07:41:01
先日の雨降りの日曜日には様々な買物をしました。 まず、タクさんの位牌。 母の位牌をお店に持って行って、これと同じもの、もしくはそれ以上のものを…ということで、店員さんにみて頂きました。 お店には様々な位牌が並んでいて、「私だったら、これなんかいいな〜♪」なんて、ちょっとしたアクセサリー感覚です。 父の位牌は戒名などの彫り込みをして、10日後位に出来上がってくることになりました。 さて、位牌の買物のあとは、イズさんのための買物です。 今日の紅葉
|



2008 / 10 / 07 ( Tue ) 00:09:24








