命あるものとの関わり
2007 / 08 / 05 ( Sun ) 13:01:06
認知症になってからの父タクさんの印象を思い出してみます。 今から約10年位前の認知症初期には、一見普通の人と変わりなく、日常生活もそれまでと殆ど変わりないものでした。 妻が亡くなってから家事を一人でしなければならなかった立場上(それまで家事などしなかった父でした)、「何でも一人でやってきた」「一人でやらなければならない」と口癖のように父は言っていて、通い介護で私が来てもそう言っていました。 徘徊や失禁が始まり、デイに通うようになった認知症中期になっても、自宅での日常生活の基本は初期の頃と殆ど同じでした。 そして、認知症後期。 子供や動物が好きだった父は、認知症後期になっても、出掛けると小さい子供や犬、猫などには関心を示しました。 文字を書くことが好きでしたが、すっかり書かなくなり(書けなくなった)、それよりも人と話しをすることに方向が変わりました。 そして、体の状態が悪くなった亡くなる1年程前からは、弱々しくなり顔の印象も生き生きとした感じがなくなり、全ての物に興味がない感じがしました。 簡単にまとめると、父の場合は認知症初期、中期は認知症になる以前と生活ぶりの基本は変わりませんでした。 当たり前のことですが、物よりも、人との関わりが最も大切だということ。 ランキングに応援のクリックをお願いします↓↓ 人気blogランキングへ http://blog.with2.net/link.php?323044 ブログ村介護ブログランキングへ http://care.blogmura.com/in/067042.html |
認知症になって治ったこと
2007 / 07 / 31 ( Tue ) 01:24:23
父タクさんは認知症になる少し前、70歳位の頃、よく膝が痛いと言っていました。 ところが、認知症になってから膝が痛いと言わなくなりました。 医者に行って治した訳でもありません。 認知症になると、気持ちの問題がもっと別のことに向いてしまい、痛さなど感じなくなることもあるようです。 |
父の爪の変形
2007 / 07 / 27 ( Fri ) 21:30:56
夏が来れば思い出す〜♪ 父タクさんの足の爪〜♪ 父タクさんの足の爪が水虫のため変形していました。 最近は飲んで治す水虫の薬があるようですが、父の場合は高齢のためクリームタイプの塗り薬だけの対応でした。 毎日デイに通いだすと日中は靴を履いている時間が非常に長くなりました。 特に痒くもなく大したことない水虫でしたが、昔サラリーマン時代になった水虫は治りませんでした。 特養に入所してからは、家に居る時のようにスリッパは危険なのでダメ。 こうして、父タクさんは、夏は特に爪の水虫の対応にちょっぴり苦労しました。 ところが、私が特養の介護職になって入所者の皆さんの足の爪を見ると…。 ついでながら、父の足のむくみのこと。 私は父の爪の変形やむくみに敏感になっていましたが、世間のお年寄りの多くはそういう方が多いのですね。 ランキングに応援のクリックをお願いします↓↓ 人気blogランキングへ http://blog.with2.net/link.php?323044 ブログ村介護ブログランキングへ http://care.blogmura.com/in/067042.html |
地震・雷・火事・親父
2007 / 07 / 05 ( Thu ) 19:46:27
父タクさんは認知症後期、分かってくれないことが何かと増えました。 たとえば、地震。 この時を最後に父とは特養の居酒屋に行かなくなってしまいました。 たとえば、雷。 たとえば、火事。 たとえば、親父。 たとえば、アコーディオン。 たとえば、花火大会。 このようなことがまだ分かるうちは良いですよ〜。
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きっかけは…
2007 / 07 / 03 ( Tue ) 21:54:25
このブログを始めてそろそろ1年になります。 父タクさんを介護することの始まりは、滅多に電話して来ない私の弟の電話からでした。 1993年。タクさん72歳の頃。 父と二人で住んでいた弟が「父は最近酒ばかり飲んで、昼間もボーッとしているようだ。ボケたんじゃないのか?」という内容の電話からでした。 期限までにお金を振り込むのを忘れる。 弟の「父がボケたのでは?」のたった1回の電話で、父の様子を直接見ることもなく、私は父を私の家の近くに呼び寄せ、通い介護することに決めたのでした。 父と弟だけの生活は絶対ダメだと思った。 そして、父を説得し、近くのマンションに弟と移り住んでもらい、私の通い介護が始まりました。 ボケると数年で亡くなると、当時何かの本で目にした記憶がありました。 この頃、今のように認知症についての介護の仕方や状態など、あまり一般的になっていなかったと思います。 この頃「アルツハイマー」という言葉が世間で日の目を浴び出した頃だったと思います。 今、改めて思うと、父について結構トントン拍子で上手く行くことが多かったようです。 そんな父との長い介護生活のことを思い出しながら書いておこう。 そう思って1年前に始めたのです。 義父イズさんとのことも、色々とありましたし、二人の父のことを書けば、ネタは結構あるのでブログとしては続くでしょう。 <注> しかし、ブログ開始後、タクさんは予想以上に早く、3ヶ月で亡くなってしまいました。 あともう少し、あともう少し、父のことを書かねば、忘れないうちに…。
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父の足元エピソード
2007 / 06 / 13 ( Wed ) 23:17:24
そういえば、父タクさん、こんなこともありました。 特養に入所してから、面会に来た私のスリッパを見ていつも言ってました。 ホームの名前が金文字で入った茶色のどこにでもあるスリッパです。 「お父さんのも素敵よ!!」 ある時期から、父の目線はいつも下の方。 床が綺麗に掃除されていてピカピカ光っていたりすると、 何で目線が下なのか? 床に境目があると、父は一層用心深く一歩を踏み出しました。 それでも、そこそこ転倒しました。 デイの帰り、私が居る傍で、自宅マンションの上り階段のあと一歩のところで転倒し、膝にひびが入りましたが40日間で完治。 特養に入ってから、ベッドから転倒が何回か。 でも、お陰様で頭にコブとか、膝を打撲程度のごくごく軽症で済みました。 父には目線を下にする神様でも付いていたのでしょうか?(笑) 在宅時代はステッキを使って歩ていた父でした。 特養に入ってから、父はステッキなんか使いませんでした。
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頑張っておられるご家族
2007 / 03 / 23 ( Fri ) 01:10:09
今日、久しぶりに父が居た特養のユニットへ行きました。 父と同じユニットの方で父より少しお若いSさん(男性81歳)の方の奥様が来ておられ、今日はその方としばらく色々お話をしました。 父が居た頃はお元気そうに見えたSさんでしたが、父が亡くなってから、Sさんは何度も誤嚥性肺炎で入退院を繰り返されたそうです。 誤嚥を起こすので、入院中はご家族が交代で三食とも食事介助に通われたそうです。 食後は車椅子を押してフロア内を散歩させておられるそうで、奥様は毎日のことなので足が痛くなったとおっしゃっていました。 丁度、昼食の時間だったのでおしゃべりしながら拝見していると、ご自分で普通食を黙々とゆっくり召し上がっておられました。 父の場合もそうでしたが、認知症が進んだ先は健康のこと、医療のことが大きなウエイトを占めて来るようです。 特養に入られてからも、こうしてご家族が頑張っておられる方がまだまだいらっしゃるんですね〜。 ランキングに応援のクリックをお願いします↓↓ |
男女の性差による認知症の違い
2007 / 03 / 12 ( Mon ) 02:29:52
[改訂版] ◆あしたがあるささんのコメント ◆かめこさんのコメント かめこさんやあしたがあるささんのお母様について、 女性としての日常的な生活環境が、ストレスを引き起こす要因と受け取りました。 グループホームなどは男性よりも女性にとって、過ごしやすい環境と思われています。 グループホームの一般的な仕様。 でも、人によっては、それらが悪影響を与えるかもしれないとのこと。 何らかの影響で不穏状態になった場合、 これらのことと、女性の認知症の方の一般的な様子からすると、 以前から、女性の認知症の方の様子をブログで拝見すると、 父は男性の認知症患者の典型か?それとも異質な部類か? 症状が違えば対応も異なってくる訳です。 この症状の違いについて、もっと突っ込んで考えてみたいと思いますが、 ランキングに応援のクリックをお願いします↓↓ |
タクさんとの介護生活を振り返って
2007 / 03 / 02 ( Fri ) 01:26:48
タクさんが亡くなって早4ヶ月が過ぎました。 認知症のタクさんとの介護生活。 振り返ってみると楽しかったな〜。 それに、あまり大変だったという気がしません。 大変だと思ったのは、父のことより私自身のことが多かった。 父の場合、在宅時代で一番大変だと思った事は入浴。 排泄についても、突拍子もない出来事はあまりなかったし。 物盗られ妄想。 デイもショートも嫌がらず、おだてに乗って、その気になって行ってくれたし。 でも、病院で「このベッドに横になって」と私が言っても、横になることがどうしたらいいのか分からず超不機嫌になることが多かったけれど。 認知症の進行はゆっくりだったし。 タクさんも認知症になってからの方が、楽しいことが増えましたね? 若い女性に囲まれて、チヤホヤされて、楽しいお話が色々出来ましたね?(笑) でも、認知症になったことは、タクさんの生涯設計に全くなかったことで、どんなにか不安で悔しいことだったでしょう。 こうして、過ぎてみると、私はラクな介護法ばかり選んで来ました。 タクさんは手がかからない方だったみたいです。 楽しかったよ。 そのうち、夢にでも出てきて、感想を聞かせてくださいな♪
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バレンタインの思い出
2007 / 02 / 14 ( Wed ) 07:21:54
◆タクさんの場合 タクさんはチョコレートが大好きでした。 タクさんのご指定銘柄は森永の「ダーツ」でした。 ロッテの「コアラのマーチ」も一口サイズのせいか好きでした。 明治の「きのこの山」も好きでした。 ハーシーズの「キッスチョコ」も一口サイズで独特のほろ苦さがお気に入りで、また買ってくるように言われました。 認知症末期の頃、大好きなチョコは嚥下の状態が良くなくて、あまり食べさせてあげられませんでした。 チョコレートと共にココアも好きでした。
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2008 / 10 / 07 ( Tue ) 00:13:36




