分家の立場 【戦前の家族制度の影響】
2007 / 02 / 27 ( Tue ) 01:53:33

再び先日の葬儀の話です。

先日の葬儀では、私は葬式カメラマンデビューいたしました。
結婚式カメラマンは何度かやったことありますが、葬儀ではお初。
こんなのやりたくないですよ〜。

未だかつて、葬儀で女性がカメラマン役やっているのは見たことないです。
ないですよね??普通は。
男女同権の社会になりましたが、葬儀で女性が写真を撮る役に回るなんて。
私は時代を先取りしてるんでしょうか?(苦笑)

私の携帯のカメラはとても出来が良くないので、
最近では携帯より少々重くても必ずデジカメを持って出ていました。
葬儀の日も夫が持っていくし、撮る気もなかったのですが、一応持って行ったのでした。

この日はメインカメラマンが居ました。
夫の本家の○○さんでした。
○○さんは、本家の長男らしく真面目でしっかりされた方です。
喪主の補佐も務めながら、きちっと撮るべきところで写真を撮っておられました。

イズさんに報告するため、夫にも祭壇の写真を撮るように言いました。
ちょっとカメラを構えた夫でしたが、「ダメだ!上手く撮れない。お前撮れ!!」と。

まごまごしている暇はありません。

夫に逆らっているような場ではありません、この場は。
しかも、我が家は戦前の亭主関白制度?にのっとったお家柄。
この流れは我が家では普通のこと(苦笑)

葬儀には流れがあり、シャッターチャンスというものがあります。

仕方なく、自分のカメラを取り出し、ちょっと人目を気にしながら撮りました。
祭壇を中心に例の花と名前の札が分かるように、左右あちこちの角度から撮りました。
会場の中央に棺が出された時も、撮っちゃいました。
いえ、蓋が閉まった棺ですよ(汗)

この写真は、その後、ヤボ用で忙しくてプリントする暇がなく、
日曜にイズさんの所へ行って報告をした時、
イズさんにはデジカメのディスプレーを見てもらう形となってしまいました。

「ちゃんと、ここにイズさんの花があるでしょ!!よく見えないと思うけど…」と。
イズさんは花について、
「そんなの必要ないよ〜」と、まだブツブツ言っておりました。

次にイズさんのところへ行く時は、ちゃんとプリントしたものを持っていきます。
その頃には、まさかもう、ブツブツ言わないでしょうね?

この日、私が葬式カメラマンデビューしなければならなかったのは、
多分こんな事情
があったと思われます。

メインカメラマンである本家の長男に、分家で、しかも次男の夫は遠慮しのだと。
でも、嫁の立場の私が撮るなら許されると。
嫁だから、女だから。

帰り道、私を含む本家と分家の女性三人は、横一列に並んで楽しくおしゃべりして駅まで行きました。
先を行く、夫を含む本家と分家の男性陣は、縦に並んで歩いていました。
一番最後を歩いていたのは、もちろん分家の次男の夫でした。

どこまで残るんだ!戦前の家族制度!!
もしかして、イズさんと夫が、グルになって残しているんじゃないの??!!


今日の花262262
今日発見!!もう咲いていました!春を告げる可愛い「花ニラ」が。薄紫の星型の花が明るい陽だまりで咲いて清楚でした。


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次男の立場 【戦前の家族制度の影響】
2007 / 02 / 25 ( Sun ) 01:51:53

先日、イズさんのホームでカラオケをして、イノシシ年女さんにお見送りして頂いて、気分良く帰ったあの日。
せっかく気分良く帰ったのに、ぶち壊しの出来事が勃発しました。
あれから1週間、私も冷静に書くことが出来ます。

この日、すでに夫のいとこの葬儀のことは知らされていました。
イズさんとカラオケをした後、イズさん直々にイズさん分の香典の金額を尋ね、私達が代わりに持っていくことになっていました。

その後、親戚から、花を出すなら今のうちに申し出るように想定外の連絡がありました。
そこで、この花の件を夫がホームのイズさんに電話しました。
親戚は皆、花を出すようなのです。
花とは、祭壇脇に飾る名前の札を付けた花のことです。

要はイズさんの名前の花を出すか、出さないか?それだけのことなのです。
ところが、電話の二人は大変な剣幕。
夫は荒れに荒れています。

イズさんが「花を立てるなんて、宗教的にどうのこうの…」と、訳分からんことを言い出したようなのです。
イズさんなら、この横道にそれた思考回路、十分有り得ます。

「香典も花も両方出せるようなお金がある家はそうすればいい。うちはそんなお金はないから…」と、年金沢山貰っているのに、そんなことも言ったらしい。
おまけに、イズさんは最も夫が嫌がる「長男や親戚の○○と相談して決めてくれ」とも言ったらしい。
夫はイズさんが勘違いをしているといけないと、更に説明をしますが、イズさんは益々こだわり回路。
ついに夫の堪忍袋の尾が切れて、声を荒げて「何言ってんだよーー!!」と。
「それならもういい!!花は出さないから!!」とか何とか言っちゃって、大変なご立腹。
30分位話して結論が出ないまま、電話は終了。
聞いていた私は笑いを堪えていました。

ところが、それで済まないのが我が夫。
こんどは私に八つ当たり。
××△◆◇▼×▽★♂*※♭×
もう、せっかく楽しく帰ってきたのに…。
我が家は、何を隠そう戦前の家族制度にのっとり、亭主関白。
妻は三つ指ついて何も言わずが一家安泰のお家なのです。
その日私は、ブログに「ボケない小唄」を書いて八つ当たりされた分を吹き飛ばしました。

以下、夫の心を解読。

次男は損だ!
一生懸命やっているのに、何かというと「長男、長男」。
「長男に聞いてくれ、本家の長男の○○に聞いてくれ」。
自分の意見はないのかよ!
その期待されている長男がちゃんとしないから、次男の俺が色々やってるのに。
次男の気持ちなど全然分かっていない!
長男と連絡が取れないから相談も出来ないのに。
勝手に決めちゃいけないから、わざわざ聞いているのに。
長男さえ居れば次男なんてどうでもいいんだ!
冠婚葬祭も長男が出ないから、いつも俺が出る役目。
ああ、俺は損な立場だ、バカみたい!
おまけに、変な回りくどい考え方して、親父のやつ、どうかしている!

これが、今回に限らず、いつもの夫の言い分。
それで、私に八つ当たりされちゃ、かなわないわ。

それを言ったら、私は長男の嫁じゃないけどイズさんの面倒を看ているのよ。
でも、文句なんか言ってないよ〜。
長男一家が出来ないなら、次男の所がやるしかないじゃない。
親がいくら長男を大事にしても、
「次男なのに、分かってもらえなくても、俺はちゃんとやってる!」と
自分に自信を持てば良いことなんじゃないかな?
と、言いたいけれど、言わないで黙っているのが戦前の家族制度に沿った我が家の家庭平和のコツ(汗)

イズさん自身も実は次男。
次男の不遇は身を持って体験して来ているのに、自分の子供には長男を優先、優遇。

だから、イズさんには時々、夫の次男の辛さの話しをして、
「イズさんも次男だから大変だったでしょ?」と聞くと、
「そりゃ、長男ばかりいい思いして、下の弟は可愛がられ、自分はないがしろにされてきたよ」と。
何で、身を持って次男の辛さを分かっているのに、長男ばかり大事にするのかしら??
ああ!戦前の家族制度はまだ生きている!

翌日、今度は仕事中の私の携帯にイズさんから電話が…。
仕事中だと言うのに、イズさんは延々と花の件で語るは語る。
最後には、やっぱり「長男と相談して決めて欲しい」と。

結局、花は出し、親戚と不釣合いにもならず収まりました。
今日、私はイズさんのホームへ行って、葬儀のご報告をして来る予定です。

また、延々と書いてしまいました…(汗)


参照↓↓
イズさんのカラオケ、その後
ボケない小唄
営業活動の日?


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長女の立場・追記 【戦前の家族制度の影響】
2007 / 02 / 24 ( Sat ) 00:28:12

前回書いたことの追記です。追記にしては長いです(笑)

私の場合、認知症の父を介護するということは、「本人が出来ないことを代わりに行なう」ということも含まれました。

まだ生きていて体は元気で動けても、出来ないことが沢山あります。
たとえば、冠婚葬祭についても、列席出来ないことがあります。

その場合、父の代わりに列席する。
父の名前で持っていく香典の額を決めなければなりません。
父には判断能力がなく、相談出来ません。
父の立場だったら、父だったらこうするであろうと私が判断して行わなければなりません。

この例のように、本来なら父がすることですが、生きていても出来ないので、父の立場を踏まえ、父だったらこういう判断をを示すであろうと、父に関する全てのことに父の代わりとして行ってきました。

父の代わりとして行うことは、冠婚葬祭だけでなく色々ありました。
母は生きていた頃、「お父さんが先にもし亡くなったら、何も分からないから困る」と言っていました。
その母は先に亡くなり、父は父自身が解決出来なかった難問を残したまま、認知症になってしまいました。
父自身としては解決がついているつもりだったようですが、子供の代である私達には難問としか言いようがないものでした。

父が認知症になる前に色々と聞いておいたことがありました。
でも、それらはほんの一握りのことで、父が関わっていたことについて、知らないこと、分からないことが多くありました。
それらを父の代わりとして、また、長男の代わりとして行っていくことは当初、正直に言って大変でした。

認知症初期の頃、私は父に少しでも多くのことを聞いておこうと、色々訊ねました。
初期には父も比較的記憶も有り、判断も出来たので、その段階で少しは色々知ることが出来ました。
しかし、認知症も中期になると、記憶や判断が確かなものでなくなりました。
目の前の父の介護に明け暮れていたため、それら難問をゆっくり考えている暇もありません。

父が特養に入ったら、父が残した難問について考えて行こうと思い、事実そのようにしてきました。
合間をみて、認知症になる前の父の意向に出来るだけ沿うような形で、私が思うところの難問の解決に携わりました。
しかし、全部のことが解決しないうちに、父は亡くなってしまいました。

父が認知症になる以前に聞いていたこと、認知症になってから聞いたことなどが多少でもあったため、役に立ちました。
それ以上に、認知症などとは全く無関係だった若かった頃の父の言動を、無意識にも私が感じて覚えていたことが、後になって最も役立ちました。

私の実家は本家と言っても、長男が継がなくてはならない家業がある訳ではないし、立派な本家の家が残っている訳でも、莫大な財産がある訳でもありません。
父自身も、父の父親も本家の総領(長男)なのに、早くから実家を出て生活していました。
そんな父が戦前の家族制度を根底にした考えを持っていたのは…。

父が言う本家とは、形ある本家ではなく、先祖代々を引き継ぐ「気持ちの上での本家」だったのだと気付きました。
今自分が在るのは、ご先祖様のお陰だという、「先祖を敬う(うやまう)心」と言えるのかもしれません。
子供には皆、その思いを持って欲しかったけれど、代表である総領(長男)には、特に代表としての心(自覚)を求めていたのだと思われます。

本来なら父は全てのことを総領である長男に託したかったのでしょう。
でも、出来る人間がするしかないので、嫁に行った長女の私が行なってきましたし、今後もそうなります。
私は、私の後に残るかもしれない家族のことを考えて(順番通りにはならないかもしれませんが)、予測出来る範囲でことを執り行っていくつもりです。

父が生きていても認知症で出来なくなってしまった全てのことを、父の思いに沿って行うこと。
愛情を注ぐ介護そのものだけでなく、長男、長女の立場云々だけではなく、家族とは、こういうことにも責任を持たなければならないのだと、父を永年介護して感じてきたことであります。
父の場合は私が代わって責任を持って行なってきたので、成年後見制度を利用することはありませんでした。

親の意向が全てではなく、間違っていることもあります。
それらをひっくるめて、後のことも考え、良い方向に親の代わりとして行動していくこと。
記憶や判断が衰えていく認知症介護にあたって、それらを踏まえることも大事なことだと思います。

私はそれらをプレッシャーとは思っていません。
これらのことをバネにして、飛び越えて成長して行きたいと思っています。
それは、父を永年介護したことにより、自然と自覚してきたことです。

私の場合、父親の介護という立場だったこと。
長女であり総領代行という立場だったことなど、介護の状況や立場は人により様々だと思います。

これが親でなく、配偶者や兄弟などであっても、多かれ少なかれ、このようなことを考えなければならないのではないかな?と思い、今回の記事を書いてみたのです。

そして、長男長女の立場を超えて言えることの結論とは…。

認知症介護とは、心身の介護だけではありません。
本人の記憶や判断能力がなくなるので、あらゆることを本人に代わって行うことでもあります。
そのためには、本人の認知症以前の過去からの言動、気持ちを理解して行うこと。
出来るだけ、聞いておけるうちに、色々なことを訊ねておくこと。
これらも認知症介護において重要なことだと思いました。

これから介護しなければならない立場の方がこれを読んだら、うんざりするかもしれません。
最初から誰もが出来る訳ではありません。
私だって最初はこんなこと考えてもいませんでしたし、出来ませんでした。
「本気で介護することで成長した」のだと思いました。

追記なのに、量が多く、回りくどく、分かり難いかもしれませんが、私に表現能力がないためで、ご勘弁下さい。


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長女の立場 【戦前の家族制度の影響】
2007 / 02 / 23 ( Fri ) 02:43:21

私ぐらいの年齢になると、冠婚葬祭の中でも年々黒白関係の行事が増えています。
紅白(特に結婚)の行事から遠ざかって久しく、当分ないでしょう。

黒白関係や介護、看病などのことになると、夫の実家や私の実家の場合は長男(跡取り)、本家などの戦前の家族制度に基いた行動を求められます。
今日はこれについて書いてみます。

私の実家の場合、実家はいわゆる本家に当たり、私の弟が長男で跡継ぎに当たるのですが、様々な都合でそれが出来ないため、嫁に行った私がその役割を果たしています。

私も当初、そのことについて悩みました。
親から期待されていたのは私ではなく長男であり、その恩恵と思われることを永きに渡って受けていました。
私は嫁いでいく人間であり、男尊女卑の考えから、長女であっても、子供の頃から長男とはかなり差別されてきました。
父を介護することにあたり、このことは大きく私の気持ちにのしかかりました。
母親を介護する場合だったら、こんな気持ちになることはなかったでしょう。
何も恩恵を受けておらず、差別されてきた私が、父を優しく看ることについて当初かなり葛藤がありました。
しかし、永い間の介護生活でそんなことは言っていられなくなりました。

父は認知症初期の頃にも、
「お前は大丈夫だ!お前が男だったら良かったな。弟の方が心配だ」と、言っていました。
しっかりしているから、私のことは心配せず、そうじゃない方を心配する。
嬉しいような、哀しいことでした。
私の名前は毎日会っているのに早い時期に忘れてしまいましたが、弟の名前はかなり後まで覚えていました。

でも、私は介護も、冠婚葬祭に関するようなことも、出来る人間がするしかないと思い、そうやってきました。
特に介護については、主導権は私でしたが、長男である弟と共に携わってきました。
幸い、世間で時々聞く、うるさいことを言う親戚などはいませんでした。
嫁に行った立場なのに…と批判する人はおらず、親戚の方々は比較的無関心です。

ただ、事実上は嫁いだ私がしていても、立てるべき時は長男を立てました。
悩みつつも、そうやって今に至っています。

父が存命中から長男としてのプレッシャーに潰れた弟と違い、私は父を介護したことで父の生涯の重みを理解したため、その重みを引き継いで行きたいという、はっきりした意志を持って今後も歩んで行くつもりです。
重みに潰れることはなく、重みを快く感じています。
こんな私の気持ちを亡くなった父に分かってもらえることが出来たら、私は何より嬉しいかもしれません。

私は父の介護や冠婚葬祭を通して、戦前の家族制度が今でも事実上生きていることを肌で感じてきました。
戦前を知っている私達の親世代が居る限り、嫌でもこれは生きています。
時と場合によっては、不合理でもあり、逆に合理的な場合もあります。
ないはずなのに、今も生きている制度(現在は制度ではないが)を
否定せずに、上手に付き合っていくしかないな〜と私は思っています。

しかし、私のように考えられないで葛藤している人間も居ます。
次回はそのお話をします。


今日の花262262
もうよそのお宅の庭で咲いているのを見かけました。紫色の可愛い花「ムスカリ」です。最近は白やピンクもあるようです。球根花の中で春に先駆けて咲くムスカリですが、今年は暖冬で一層早く咲き始めたようです。



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