グループホームで誕生日
2007 / 05 / 27 ( Sun ) 20:37:30

2004年2月、グループホームBで父は83歳の誕生日を迎え、ホームの皆さんによる手作りケーキを囲んで誕生会をして頂きました。
たった2ヶ月しか入居しなかったけれど、父は誕生日を迎えたのです。
私はと言うと、父の誕生日はヘルパー講習が丸一日あったので、父の元へ行くことが出来ませんでした。

前日に父と病院(泌尿器科の定期健診)へ行き、その帰りに父と駅ビルをブラブラしたり、ケーキを食べに喫茶店に入ったり、在宅の頃父とよくしていたような一日を過ごしました。
グループホームに戻ってからも、いつもの在宅時代のように私が散髪や髭剃りもして、翌日の誕生日に行けない分、充実した一日を過ごしました。

父がいつも通っていたデイでは、月ごとにまとめた誕生日会はやっていたようでしたが、個人個人でその日に祝ってもらったことはありません。
恐らく、こういう形での誕生会は父にとって最初で最後のことでした。
少人数の施設だから出来る良い面ですね。
後に特養に入りますが、お祝いプレゼントはありましたが、個人個人、その日に誕生会をして皆で祝う形は取りませんでしたので。
父が83歳を迎えた誕生日は、グループホームの皆さんに父だけのために祝って頂き、後に写真でその様子を知ることが出来て、とても思い出に残ることでした。

父がちょっとむくれた顔をしているスナップ写真がありました。
職員さんの説明によると、最初、その場の状況を何だか理解出来なくて父が怒っていたようでした。
あるある、そういうの…(笑)

「何だって?誰が誕生日なんだ??俺が誕生日??そんなの誰が決めた?!俺はそんなの知らんぞ!!」

多分、そんなことを言っていたのではないでしょうか?(笑)
せっかくの誕生日で長生きしているのにね〜(笑)
むくれたその後、笑顔になった写真もありました。
ちょっと時間が経てば、さっき怒っていたことは、ケロッと忘れてくれる父ですから助かります(笑)

こうして、心尽くしのケーキやプレゼントで誕生日を祝って頂いて、元気な83歳を迎えた3年前のことでした。
その後、急に父は体が衰え、85歳までしか誕生日を迎えられなくなるとは、この頃は予想も出来ない程、とても元気でした。

元気な証拠に、特養入所が決まり、あと数日で特養に移るという晩、1時間ほど徘徊し、近所の玄関先で座り込んでいるのを発見されるという一幕もありました。
夜だったので知らせを受けた時、心配して私も探しに行こうと思っていた程でした。

体は丈夫で風邪もあまり引かず、健脚な父でしたが、認知力は相当進んでいる要介護4、元気だけが取り得。
「いつも父が足手まといになって申し訳ありません」と職員さんに話すと、
「ウチでは足でまといになるような人は一人も居ません」とキッパリおっしゃった若い男性職員さん。
このグループホームで良かったな〜とつくづく思いました。


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グループホームBでの父の生活
2007 / 05 / 24 ( Thu ) 19:38:26

父タクさんは特養に入る直前の2004年1/10〜3/19までの約2ヶ月間、グループホームBで生活しました。
この時期に私はヘルパー2級の講習に通いだしたので、父の元へはアルバイトをしながら週2回位の割合で通っていました。
同じ時期、イズさんの入院などもあって慌しい日々でした。

最初のグループホームAの時は、行くたびに父と近くのショッピングセンターまで散歩しましたが、グループホームBではリビングで父と話しをする程度でした。
このホームではほぼ毎日、食材の買物を兼ねて片道20分程の道を皆で歩いていくことが日常となっていたので、敢えて父と散歩に出ることはしませんでした。

父は同じフロアにあるデイサービスに参加したり、広く明るいリビングでゆったりと生活していました。
私が行くと、父はいつも穏やかな表情でリビングの椅子に座っていました。

一般職員とは別に、少し年配の「おばちゃん」という感じの家事専業職の方が居て、一緒に手伝える入居者の女性(殆ど認知症に見えない)が1〜2名いらっしゃいました。
こんなに何ともないように見える方でも、高い費用を出してグループホームに入っているのだな〜と思いました。

父は家事など勿論何も出来ないので、皆の様子を眺めているだけ。
他の入居者も父と同様な方が殆どで、椅子に座って独り言を言ったり、それぞれ気ままに過ごしていました。

「あの人の声は変な声でうるさいな〜」などと、父は家事専業職の方のことを言っていました。
ちょっと大きな声の元気な方だったので、静かな環境が好きな父にはうるさい声に思えたのでしょう。
でも、まだこの頃の父はそうした周囲のことに、まだ目をやることが出来ました。

日々の様子のスナップ写真がいつも廊下に沢山飾られていました。
梅を見に、お弁当を持って近くの農家の梅園に出かけた写真などでは、父が意外にも車椅子に乗った方を押して歩いている写真がありました。
重箱のお弁当を手に持って食べながら歓談している写真など、私が知らない日頃の父を見る事が出来ました。
中にはVサインをしてニッコリした父の写真も。
Vサインを教えて貰ったのでしょう。家ではしたことがありませんでした。

私がホームへ行くと、入居者の女性が、
「お父さん、娘さんが来ると(表情が)違うね〜♪しまいっこなの?」と。
「いえいえ、長女なんです」
「お父さん、とっても可愛がっているみたいね♪」と。

そう見えるのかな〜?ちょっと嬉しいかも?(笑)
昔は私のことを厳しく怒ったりしていた父でしたが…。

私が父の肩を叩きながら、
「チャンチャカチャン♪チャンチャカチャン♪チャンチャカチャのスッチョンチョン♪」と、
三・三・七拍子のいつものリズムを口ずさむと、父はそれに合わせて肩を上げ下げしておどけた顔をしました。
家に居た時にいつもやっていた楽しいお遊びです。

私と一緒でないと、父はこんなことはしないので、入居者の方々はそれを見てビックリ、そしてちょっとウケていました。

多分、大多数の女性入居者の中で父は、黙っていると怖そうに見えて近寄りがたい存在だったと思います。
男性入居者はどの施設に行っても少数です。
父自身は女性入居者に対して区別していなかったと思いますが、女性入居者から見ると父は男性なので馴染みにくい存在です。
この「チャンチャカチャン♪」で、少しは父のことを怖い人でないと分かって貰えたら良いな〜と思いました。


参照↓↓
タクさんのためのグループホーム見学記

グループホーム見学記・追記
施設入所の費用
グループホームでのタクさん【認知症中期】


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グループホームBに入居して
2007 / 05 / 17 ( Thu ) 20:07:41

いよいよ父タクさんが本命のグループホームBに入居です。
タクシーを呼んで荷物を持ってグループホームBに向かいました。
父の家から車で10分位の所です。

父には、デイやショートの時と同じように、楽しく歌ったりおしゃべりしたりする所に一緒に行こうと話しました。
デイやショートに連れて行くとき、いつもそれで父の場合は大丈夫でした。
最初の頃は「それは何だ?どこにあるんだ?金がかかるんだろう?」などと聞いてきましたが、もうこの頃の父は行く先についてそんなに突っ込んで聞く事はありませんでした。
場所や人についての認識が殆どなくなっていたことと、私と(私が誰だかよく分かっていないので、私でなくても誰でも良かった)一緒にお出掛け出来ることが父は大好きでしたから。
お出掛け好き、歌を歌ったり楽しく過ごすのが好きな父でしたので、その点大助かりでした。

父が落ち着いた頃に「今日はここにお泊りしていって良いそうよ♪ 安心して泊まれるように全部用意してあるから大丈夫よ♪ 私は今日は用があるから帰るけど、近くだからまた明日来るからね」
父とはそんな調子の会話をショートの時にしていましたので、グループホームBに着いてからもそんな調子で父に話しました。

元々私は通い介護でしたから、父の家から帰ることはいつもの当たり前のことでしたから、父は「帰らないでくれ!」などと言う事はありませんでした。
通い介護であったため、父も私と毎日別れがあることは当たり前のことで、施設利用の際、大助かりでした。

グループホームBは私が気に入った本命のグループホームだったので、特養に入るまでの1年位は居ることになるつもりでいました。
ところが意外に早く特養の順番がやって来て、最初のグループホームAと1ヶ月しか変わらない、わずか2ヵ月半の入居となってしまいました。

そうなることとは私は夢にも思っておらず、父がグループホームBに入居してすぐ、父に手がかからなくなったので念願だったヘルパー2級を取得する講習に通うことにしました。
そのため、週3日は一日丸々講習に通い、残りの2日はいつものアルバイトを続けていたので、父の居るグループホームへ通うことは週1日程度になってしまいました。

参照↓↓
タクさんのためのグループホーム見学記
グループホーム見学記・追記
施設入所の費用

グループホームでのタクさん【認知症中期】


今日の花262262
我が家のベランダの各種バラが咲き出しました。各種ラベンダーの蕾がどんどん膨らんで特に午前中はとても良く香っています。ラベンダーだけでも何種類もありますので、一部紹介します。毎年咲き出す直前にドライフラワー用に刈り取ってしまいます。今月下旬には咲き始めそうです。

それぞれの写真はクリックすると拡大します。

          C.R.マッキントッシュ咲き始め           ライラックローズ膨らんだ蕾  
         イングリッシュローズの         イングリッシュローズの
      「チャールズ・レニ・マッキントッシュ」       「ライラック・ローズ」

   ラミウム・ピンク               ラベンダー・ヒドコー
  日陰に強いシソ科の宿根草          最も香りが強いラベンダーヒドコート
 ラミウム・ピンクが今年も咲きました      丈夫で何年も同じ株から毎年咲きます

    ラベンダー・ロゼア     ヒドコート他蕾     ラベンダー・ヒドコート他
   白い蕾のラベンダー    ヒドコート他、何種類もの良い香りのラベンダーの蕾たち
   咲くとピンク色になります    何年モノで、挿し木でどんどん増やしました


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グループホームBの入居が決まった頃
2007 / 05 / 14 ( Mon ) 12:49:13

2003年12月下旬、タクさんのグループホームBへの入居が決まりました。
この年の5月に最初のグループホームAに1ヵ月半入居したものの、施設が合わずに退所後、週7日のデイと月2回のショート、早朝ヘルパーを週5日利用しつつ在宅生活を続けること約半年。
認知症発症約11年(通い介護約10年)。要介護4。タクさん82歳の頃です。
グループホームBを見学し申し込んでから約1年経っていました。

この年はグループホームBの入居を2度先送りしていたので、今度順番が来た時は、もう引き伸ばせないので入ろうと思っていました。
順番が近づいたら連絡して欲しいことをグループホームに伝えていましたが、私の方から月1回位電話で様子伺いをしていました。
12月に様子伺いをすると、年明けの1月上旬に空きが出ることが分かり、入居出来ることを早く知ることが出来ました。

入居することが決まるとグループホームの施設長さんが父の普段の様子を知りたいとのことで、私と一緒に父のデイをさりげなく父に気付かれないように参観しました。
当時父は要介護4で、このグループホームでは今まで(当時開設1年)要介護4の方はいらっしゃらなかったようで、介護度が重い父のことを心配されていたようでした。

しかし、デイでの父の穏やかな様子を見て要介護4の一般的な印象とは異なり、施設長さんは少しホッとされたようでした。
父のために、前もって日常の様子観察をして下さるグループホームの姿勢に明るい前途を見ました。

父は介護認定を初めて受けたときから要介護4で、亡くなるまで要介護4のままでした。
同じ要介護4でも、最初と最後では父の状態も随分違います。
この頃は体は自由に動くし、会話もそれなりに出来る頃で、一見しただけでは何をするにも手がかかる人には見えませんでしたが、認知力は相当衰えていました。

父のすぐ後ろから参観していたのですが、私が見ていることに父は全く気付きませんでした。
もっとも、自宅で一緒に話しをしていても
「あんたはお子さんいるのかね?」とか、
「お世話になります」
などと、毎日一緒に居る私が誰だか全然分かっていませんでしたし、ショートのお迎えに行っても私が娘だと全然分からない父でしたから当然です。
父の場合は会話や日常的な行為はある程度出来ても、早い段階から人の顔や場所の識別は付きませんでした。

グループホームBを初めて訪れた見学の時、入居者の女性が私にお茶を出して下さったことが大変印象的でした。
その方は明るい表情で家事もされていらっしゃいました。
とても認知症には見えない程で、また丁度その時、その方の娘さんが実家を訪れるような何気ない雰囲気で面会にいらっしゃっていました。

当時何ヶ所も見学をしましたが、グループホームBは伸び伸びした施設面だけでなく、こういう家庭的な雰囲気はいいな〜と、私は一遍で気に入ったのです。
私が気に入っただけでなく、父に判断能力がもしあれば、きっと合格だと言ってくれたでしょう。

グループホームBの入居日を決め、入居前夜、最後の自宅での入浴の時、「これで自宅で私が入浴させることも最後になるな…」と感慨深かったです。
父の入浴は特にてこずるので、デイでは全く利用せず、全て自宅で入浴させていたので、入浴が上手く行って父の機嫌が良いと私も本当に嬉しかったものでした。
当然、父には明日、グループホームに移ることなど伝えてはいません。
何も知らずに父は機嫌よく入浴してくれました。

グループホームBは第一希望の特養入居まで居る予定でした。
特養入居の時には、グループホームBから直行するつもりでいましたから、父はもう家へ戻ることがない前提です。
実際、特養入居の時にはそうなりました。
寂しい気持ちはありましたが、今まで何度も利用していたショートステイが長引いたと考えれば良いではないかとも考えました。

この時期すでに、特養入居の順番が近づいていることをケアマネさんから聞いていました。
近づいたと言っても、それが半年先になるか、1年先かは分かりません。
通常、入居者がお亡くなりにならないと特養の順番は巡って来ないからです。


参照↓↓
タクさんのためのグループホーム見学記

グループホーム見学記・追記

施設入所の費用
グループホームでのタクさん【認知症中期】

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タクさんが居たグループホームBとは?
2007 / 05 / 10 ( Thu ) 20:49:17

タクさんが居た「グループホームB」とはどんな施設か??
以前に書いた「タクさんのためのグループホーム見学記」を改定・編集しました。

◆「グループホームB」を見学して採点する
入所後の採点は、後日に書きます。

私のチェック度 ◎満足 ○まあまあ △イマイチ ×良くない

【施設概要】
見学した施設の中で雰囲気、施設の構造やレイアウト、など申し分なかった。
鉄筋平屋建てで高い天井に吹き抜けがあって、伸び伸びと明るい。
周辺は住宅街だが、少し先には畑など。
当時開設1年目で有限会社組織。
タクさんの市内にある。
高い天井に吹き抜けのある広いリビング兼食堂は、日中過ごすのに居心地良さそう。
そのリビングに面して各居室や共用トイレがある。
フローリングの広めの6畳位の部屋にベッドと布団、広いクローゼットとカーテン有り。
 特養入所までの期限付き入所なので、ベッドと布団、カーテンが用意されているのは助かる。
洗面所は部屋になく浴室近くの共用洗面所。
 各居室にあった方が何かと良いのだが。
入浴は一般家庭と同じ個人浴。
 タクさんの場合はその方が良い。
×トイレがウォシュレット付き暖房便座ではなかった。
 最低でも暖房便座であって欲しい。

【日常生活】
施設長(女性、30代)さんのお話から、より良い介護を目指しているのが伝わる。
デイサービスを併設しており、デイへの参加が出来る。
急病などの対応は一人居る日勤の看護士が対応するが、家族が病院に連れて行くのが原則。
 (グループホームだけでなく、大抵の施設はこの方法を取るので自宅に近い方が何かと便利)
ただ一人居る主導権在る看護士の言葉遣いが良くなかった。
 他の職員の方々の言葉遣いは良いのに。
食事は食事まかない兼家事専門(洗濯・掃除)の年配女性が専任。
オープンの対面キッチンは出入り自由で、食事作りや家事に参加出来る女性入居者が何人か居て配膳など楽しくやっている。
散歩を兼ねて食材の買い出しも皆で歩いて行く。
 良いことですね。
買出しに行く大きな全国ネットのショッピングセンターまで徒歩20分位かかる。
 もっと近くにあると良いのに、住宅街なので他に店舗はない。
イベントなどを地域と共に行うことも有り、地域に開かれた施設という感じがあった。
徘徊は無理に引き戻さず、職員が後ろから付いて様子を見る。

【費用・アクセス・その他】
入居金は20万。退所時に精算して返却される。月々の費用は一般的な20万弱位。
 これはこの地域として普通の金額。
介護保険が目指すグループホームの典型。
 (残存能力を維持・発揮して認知症の進行を緩和させる)
入居は地元の市民優先だが、状態により市民に関係なく可能であり、タクさんは地元なので優先組。
私の家から自転車で20分位。他に電車で行く方法もある。
 もっと近くにあれば助かるのだが。
第一希望のグループホームだが、待機者がすでに2名位居たので、最低1年以上待つ可能性があったが申し込む。
申し込み時に本人との簡単な面接もあった。(自宅に訪問された)
入居が近くなった頃、タクさんの普段の様子を知るために、タクさんが居る時にさりげなくデイ参観をして下さった。
入居は突然決まるが、入居の知らせを受けたら3日以内位に入居して欲しい。
 運営費の問題かと思うが、急に知らせが来て(当たり前だが)、3日以内に入所なんて、そんなに急がせないで欲しい。


参照↓↓
タクさんの入所施設見学記

タクさんのためのグループホーム見学記
グループホーム見学記・追記
施設入所の費用
グループホームでのタクさん【認知症中期】



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グループホームでのタクさん【認知症中期】 TB:0 CM:3 admin page top↑
続・最初のグループホームでのタクさん
2007 / 03 / 25 ( Sun ) 02:46:55

前回の続きです。
グループホームとデイへ行く仕切りのドアに鍵を掛け、閉じ込めにも似た行為について相当な不信感を抱いた私でした。

このグループホームは上階がケアハウスで、1階のグループホームはそのついでに作ったような感じに思われました。
デイへの参加も、グループホームでの人手が足りないのでデイに参加してもらった方がラクだからのように思えました。
こうなると、悪い方に何でも受けとってしまいたくなります。

このグループホームでは、タクさんより状態が軽そうに見える方が殆どでしたが、中には常時車椅子生活で、立ち上がり防止の抑制帯をつけた、父より重そうな方もおられました。
この車椅子の男性のズボンがすぐズレて脱げてしまい直して差し上げたり、靴もすぐ脱げてしまうので履かせて差し上げたりしました。
こんな状態の方も特養に入れないため、グループホームに入居されています。

ある日、施設長さんがわざわざ私を呼んでこう言いました。

「タクさんは、この事務室に入ってきて何度かゴミ箱に放尿したことがあるんですよ」
「そうですか。家でもよくやってましたから、ゴミ箱には物を入れないようにしていました」
「困るんですよね。ゴミ箱にされるのは。
そのような行動が続くようなら、薬を処方する方法もありますよ」

こんなことで困ると言う施設長さん。
認知症なら、こんなことよくある話で大して迷惑なことではないと思うのです。
しかも、こんなことで薬を使う??
いくら病院併設とは言っても、そう簡単にこんなことで薬を使おうとする施設長の考え方って!!??
とても納得出来ません。
こんな人に色々言っても無駄だと思いました。

鍵で閉じ込めの件から、ここを退去しようと思っていた私でしたが、この薬の一件ではっきりここを出ようと決め、退去を申し出ました。
入居して4週間程経っていました。

その後も父とは面会のたびに外へお散歩へ行き、楽しく過ごしました。

退去日1週間前、突然ホームから父が同じ敷地内の併設の病院へ入院したと連絡がありました。
狭心症で2泊3日の入院でした。
それまで父は全く狭心症になったことはありませんでした。
点滴をして胸が痛いとベッドでうなっていた父の痛々しい姿が今でも目に焼きついています。
苦しそうにしていたのは1日程度で済み、すぐ元気になりました。

何ともなさそうに見えた父でしたが、このホームでの生活がストレスだったのかもしれません。
父には気の毒なことをしました。
チーフの男性職員さんは、よくやって下さいました。
その後も、父の様子に特に変化は見られませんでした。

退去日が近づいたある日、ふと見ると鍵をかけていたドアは開放するようになって、開けたドアに綺麗な菖蒲の絵の長く垂れるのれんが掛けられていました。
私が鍵を掛けずに何とか別の方法で対処出来ないか?と申し入れたのを聞いてくれたようでした。
6月末で菖蒲の時期でした。
殺風景だったこのホームが、のれん一つで印象が良くなりました。

1ヵ月半のグループホームでの生活にピリオドを打ち、タクさんはまた今まで通りにデイとショートを利用する日々となりました。

私はこのグループホームの問題点をケアマネさんに全部話しました。
「あのホームはあまり評判が良いとは言えない」とケアマネさんがおっしゃっていました。
施設を辞める時の精算時に、最初に知らされた額より、どんどん増えてしまった利用者さんが居たことのようでした。
父の場合は、費用的にそのようなことはありませんでした。

父の退去後、私はこのグループホームの不満点を父の市の介護保険課の相談窓口に訴えました。
鍵掛けの件、すぐ薬で対処しようとする施設長の考え方、妙に20代前半の男性ばかり多く偏っていること。
今後、利用する方に、このままではまた同じような不満が出てしまうのを防ぐために。
そして、施設の内部事情を明らかにするために。

介護保険課担当係の職員さんは、知らなかった!と驚いて話を聞いて下さって、この話を更に上に持って行くとおっしゃって、このグループホームの視察に入り、改善を促す方向に持って行くという話しに落ち着きました。

このグループホームの空き室が出て、市の広報誌に募集を掲載したこと自体、待機者が居ない程、人気がない、または知られていない施設ということで、一癖ある施設ということに気づかなかった私も軽率でした。
早く入居出来ること、病院併設に目が奪われてしまったからでした。


参照↓↓
最初のグループホームでのタクさん

タクさんのためのグループホーム見学記

グループホーム見学記・追記


今日の花262262
この頃よく見かける黄色で房状に咲く花。何の花なのか調べると「土佐水木(とさみずき)」でした。名前は知っていましたが、初めて姿が分かりました。この花もそうですが、春先に咲く木の花は黄色が多く、葉がない状態で先に花を咲かせるものが多いです。


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グループホームでのタクさん【認知症中期】 TB:0 CM:8 admin page top↑
最初のグループホームでのタクさん
2007 / 03 / 24 ( Sat ) 00:59:20

以前にも何度も書きましたが、私はタクさんの元へ通い介護。
父と同居の弟は心身の疲労が限界であったことなどから、申し込んだ特養の順番が来るまで(いつ順番が来るか分からないので)、父をグループホームで過ごしてもらうことになりました。

タクさんはグループホームAに2003年5月中旬に入居しましたが、ここはタクさんに合わず、1ヵ月半で退去することになります。
ここは空き室募集を知り、友人と一緒に見学し申し込み、友人は別のグループホームに入居が決まり辞退したため、すぐタクさんの番が回ってきました。
このホームを見学した時点で以前にも書きましたが、次のような点が分かっていました。

【このホームの良い点】
◆空き室有りで待機順位1番のため、すぐに入居出来る。
◆病院併設の安心感。(いわゆる老人病院で長期療養病床があった)
◆併設病院に通院するなら、家族の付き添いがいらない。
◆デイ併設で参加が出来る。(グループホームと同じ建物の1階)
◆1年前オープンのため施設が新しく居室は綺麗で広さが程良く、最低限の家具も用意されている。
◆グループホームとは言え、内容的に特養と同じだったため、認知症が進んでいたタクさんには通常のグループホームよりも、特養のような形態の方が良いと思えた。

【このホームの不満点】
◆食堂がかなり狭くて、リビング兼食堂のような形を取っていないこと。
◆廊下を挟み両側に居室があるため、廊下が狭く、暗い感じ。
◆リビングがなくて、リビングの代わりになるものはデイのスペースになる。
◆妙に男性職員が多い。

長短両所あって迷いましたが、すぐに入居出来ることと、年齢的に当時82歳だったタクさんの先々の健康のことも考え、病院併設のこのグループホームAに入居しました。
要介護4。認知症発症10年の頃でした。
私の家から自転車で25分位の距離で、アルバイトを終えたあと、週2回位の割でタクさんの元へ通いました。
父は在宅の頃と別段変わりはありませんでした。

デイに参加して風船バレーをやったり、問題なく過ごしていたようです。
訪問歯科の検診も、皆と一緒のせいか、私も一度見ましたが、あまり嫌がらずに看て貰っていました。

この頃のタクさんは、体はとても元気で遠くまでお散歩も出来ました。
私が行くたびに、タクさんの脚で徒歩15分位かかる近くの全国チェーンのショッピングセンターまで一緒にお散歩をしました。
気候が良い5月で、道端の花を眺めながら、一緒のお散歩は楽しかったです。
ショッピングセンターでは、父とお店を見て回ったり、喫茶コーナーで父の好きなあんこが入った大判焼きを食べたりして休憩。
帰り道もおしゃべりしながらタクさんは元気良く歩きました。
本当に楽しい散歩を何度もしました。

父はこの頃、認知症が進んだとは言え、まだしっかりしている面も時々ありました。
「この頃、若い男が手伝いに来るんだけど、若い男は何をするかわかったもんじゃないから、言いたいことがあっても怖くて何も言えないんだよ」
父は居室でおしゃべりする時、何度かそう言っていました。
それ以外は「ここは良いねぇ。静かだし」と、静かな環境が好きな父のお決まりの言葉を言っていました。
私が持ってきた甘いおやつを美味しいと言って、いつもよく食べました。

父はそれまでのデイやショートなどの経験から、若い男性職員が多い施設(普通女性職員の方が多い)の経験があまりないせいか、若い男性は力もありそうで怖く感じているようでした。
私が知る限り、女性職員は施設長の女性と、若い女性職員が一人だけでした。
しかも、この若い女性職員が新人なのか?無口で暗くて、とても役立たない人でした。

職員が妙に偏っていることが気になります。何かあるのかと勘ぐりたくなります。

私が来ない時間でデイ参加などがない暇な時間は、ホームの廊下を他の入居者さんとウロウロ徘徊していることが多かったようです。
そして、外への徘徊防止のため、グループホームとデイのスペースを仕切るドアに鍵が掛けられていました。
面会の時は、その鍵を開けて貰って面会するのです。
面会に行って初めて知ったことです。

見学の時は、施設側は都合の悪いことは見せないし、わざわざ言わないものです。

「ここの扉は鍵がかかっていて外に出られないのよ。鍵を開けて頂戴!!」
「この扉は開かないのよ!!開けて!!」と言っている入居者。
父も「何でかな〜?ここは開かないんだよ」と。
「○○室と書いてあるなぁ??」と、当時字がまだ読めた父は掲げてあるものを読んで、出られないドアの前で疑問に思っていました。
入居者は皆、ドアの前へ集まって外へ出たがっていました。

徘徊防止のため、外へ出る玄関に鍵を掛けるのなら理解できますが、上記の位置に鍵を掛けてしまうのは、かなり疑問でした。

グループホームのスペースは狭いため、このドアを締め切りにして鍵を掛けると閉じ込められたような形になります。
ここの食堂は狭いので、食堂で日中過ごす人は誰も居ません。
認知症の元気な人は、自室があっても通常は自室にこもることはありません。
殆どの人は自室を出てウロウロしたり、リビングやそれに代わる広いスペースで過ごすのが、どの施設を見ても日常的なことでした。
このグループホームには広いスペースはデイサービスのスペースしかありません。
そこへ繋がるドアに常時鍵を掛けてしまうと、行き場を失います。
しかも、私が面会に行く時間には職員さんが誰もいないことも多かった。
職員さんの手が足りないから、徘徊して外へ出ないよう鍵を掛けるのでしょう。

施設のやり方に相当問題有りと感じました。

この件について施設側に話しを伺いましたが、徘徊による危険防止策だと言われました。

特にドアの鍵掛けで閉じ込め状態になるのは納得出来ませんでした。
この施設は問題だな…私のその思いは面会に行くたびに膨らんで行きました。

最初に短所と思っていた面は、やはり短所でした。

この続きは次回に。


参照↓↓
タクさんのためのグループホーム見学記

グループホーム見学記・追記


今日の花262262
今、あちこちでよく見かける満開の「馬酔木(あせび)」。フサフサと小さいスズランに似た花の房がたわわです。意外にもツツジ科なんですね。その名の通り、馬が食べると毒で酔ってしまうそうですが、本当なのでしょうか?


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テーマ:認知症の介護 - ジャンル:福祉・ボランティア


グループホームでのタクさん【認知症中期】 TB:0 CM:4 admin page top↑
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