延命治療どうする?
2007 / 06 / 29 ( Fri ) 23:05:42

私が勤務するユニットで、今朝体調が急変して救急車で入院されたAさん(70歳代後半女性)のことを書きます。
いつもお世話させて頂いていたAさんの突然の出来事に、私にとっても、かなりショックでした。
今日はショートステイのユニットではなく、入所者のユニットに居ました。

今朝、Aさんはいつもと変わらず起床され(私が起床介助した)、朝食のテーブルに着いていました。
認知症で大腿骨骨折の過去があるため歩けず、起きている時は車椅子。
笑顔をよく見せて下さいますが、言葉は「痛いっ」「どっこいしょ」のような単語を時々発語されるだけで意志疎通は難しく、食事は全介助。

さてこれから私の介助で召し上がろうという時、突然ギャーッというAさんの悲鳴!!
こんな大きい声を出されたことはありません。
少し離れた場所に居た私が駆け寄ると、車椅子に座ったAさんが、顔を真っ赤にしてガタガタと上半身を痙攣させていました。
何度か名前を呼びかけましたがダメ。
大急ぎで隣のユニットに居る主任を呼び、勤務時間前でしたが幸い看護士も出勤していて、皆でAさんをすぐにベッドに運び込み、バイタルチェック。
目は逝ってしまい、顔は青白く変化し、呼びかけに反応はないが、バイタルはまずまずの状態。

昨日も今朝も、Aさんは特に変わったことはなかったのです。
てんかん等の既往症もないようです。

その後はバタバタ騒然となり、まもなく救急車到着。
訪れた救急隊員がどの病院に行くか?を聞いてきました。
それによって延命措置についても異なってくること。
ご家族(娘さん)とそれについて看護士が電話でやり取り。

救急隊員曰く。
今の状態から、この特養に近い、高度医療を施せるA病院に向かうつもりだが、良いか?
A病院に入ると、人口呼吸器等を付ける場合があるが、これは一度付けてしまうと外すことは出来ないこと。
高度医療を望まない場合は別の病院になるが、別の病院を探すには時間がかかるかもしれないこと。

たまたま数日前にAさんのカンファレンスがあり、娘さんはもしもの場合は延命治療はしないとのことでした。
しかし、今朝の突然の緊急事態に娘さんはショックを受けられ、救急隊員からの延命についての問いに、判断に苦慮したご様子でした。
娘さんは看護士と電話で相談の上、A病院で良いと答えられました。
今の状態だと、問題の人口呼吸器をつける可能性は低いと考え、延命治療を施さずに済む可能性があることの結論のようでした。

Aさんは特養の職員の付き添いでA病院のICUに運ばれ、その後の経過は安定している模様です。

今日のフロア職員連絡会でも、今回の緊急事態と延命治療について話し合いが持たれました。
日頃から、緊急時の延命治療について、ご家族と深く突っ込んだご意向を取り交わすことなど、色々話し合いました。

義父イズさんが老健入所の際には、延命治療をどうするか?入所申し込み時に承諾書を書く老健もありました。

昨年、父の先行きが芳しくなかった時、延命治療についてブログに書きました。
父の延命についてはかなり迷い、結論がはっきり出せないうちに父は亡くなりました。
体調が急変して緊急入院となり、数時間のうちに亡くなってしまったからです。

父の場合は夜間救急車で特養から運ばれたのですが、その時の病院当直医の判断で、高齢のため酸素マスクは付けても人口呼吸器は付けないと伝えられました。
私もそれで良いと思いました。
延命治療云々を行う間もなく、亡くなってしまいました。

Aさんの今後はどうなるのでしょう。
カンファレンスで延命治療はしないとおっしゃった、母親思いのよく面会に来られる娘さん。
この時点では、Aさんの今日の状態は考えられないことでした。
でも、状態が急変し、土壇場で延命治療をどうするか迷った娘さん。

延命治療を始めてしまうと、長期化しても途中で止めることが出来なくなります。
私が居る特養にも、そのような方が入所されています。

日頃から、急な状態の変化についての考えをまとめておく必要性があります。
それには、延命治療とは何か?詳しく知っておく必要もあります。

今回のAさんのように、突然そういうことが起きる場合があるのです。
たまたま、私の父のように、あれよあれよという間に亡くなってしまう場合もありますが…。


参照↓↓
終末期ケア


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終末期医療と尊厳死 TB:1 CM:6 admin page top↑
認知症末期を迎えるとは?
2007 / 06 / 28 ( Thu ) 09:07:48

以前にも度々書きましたが、父タクさんの認知症の進行はゆっくりでした。
失禁と徘徊(迷子)らしきことが始まったのが同時期で、発症8年頃でした。
その頃読んだ本には、認知症8年ともなると末期であって、もっと重い状態になるようなことが書かれていました。
でも、父の状態はまだまだそんな様子ではなく、私はこの時期、父がやっと認知症中期に入ったものと考えました。

認知症の経過年数と状態は、その方の状態によって随分異なると思いました。
中には認知症になってから、もっと早く重い状態になる方もおられるでしょう。

父を亡くなるまで看て思ったこと。
なるべく良い健康状態を保つことが出来れば、認知症の進行をゆっくりさせることが出来るのではないかと。

介護の仕方によって認知症の周辺症状や進行を緩和させることが出来ることは、以前にも書きましたし、最近ではメディアでも多く言われています。
良い健康状態を保つことは、それに匹敵するほど大切なことだと、父を見送ってつくづく感じました。

認知症末期とは、健康状態が崩れていく時期でもあります。
健康状態が崩れるから、末期になってしまうとも言えると思います。

父が認知症中期を永く保てたのは、健康状態が良かったからだと思いました。
認知症初期の頃、貧血で入院などありましたが、致命的なものではありませんでした。
中期の後半頃、初めて狭心症になり、以後ずっと薬を飲み続けることになりましたが、軽い狭心症で致命的なことには至りませんでした。

周辺症状に対する対処の仕方を上手にして、健康さえ保てば、認知症中期の状態を永く保ち、出来るだけ末期になることを遅らせることが出来ると思います。

若い方は進行が早いと言われますが、私が考えるには、あまり根拠がないような気がします。
もし早いとすると、初期の進行だけではないかと??
若い方の方が健康状態が良い方が多いから、中期からの進行はゆっくりである方が多いのではないか?と。

父の場合は認知症初期が長く8年近く、中期は4〜5年位続きました。
いつ末期の状態が来るのか?来ないのではないか?そんな状態で中期が長かったです。

父が末期に移行したと感じたのは健康状態の大きな変化からでした。
父の年齢から、私は覚悟を決めました。
(この時期、父は特養に入所していました)

以前にも書きましたが、歯の状態が悪くなったこと。
そのため、食事が進まなくなり、体力などが衰えてきたこと。
それに加えて、この時期にベッドから転落のため、背骨を潰してしまい1ヵ月半、腰痛が酷く寝起きが自力では出来なくなったこと。
その時期に、運悪く脱水状態になったこと。
脱水を乗り越えたものの、以前のような元気さは戻らなかったこと。
元気がなくなり、歯の状態が悪く、益々食事が進まなくなり、益々体力が低下したこと。
当時、84〜5の高齢だったため、健康が崩れだすと、もう元には戻りませんでした。
体力低下のため飲み込みが難しくなり、食事の誤嚥が始まり、誤嚥性肺炎に至りました。

認知力は体力低下と病気併発ため、急速に衰えました。
ボーッとした表情のことが多くなりました。

このようにして、認知症末期に至ったのでした。
末期になったと私が感じてからの父は、1年半位で最後の時を迎えました。
亡くなった原因は誤嚥性肺炎でした。

認知症末期とは、健康状態が低下した時期です。
末期を迎えることを食い止めるには、何より、健康でいることです。

認知症の周辺症状に悩むご家族が多いと思いますが、健康状態にはくれぐれもお気をつけて下さい。
よくありがちな便秘、腰痛、骨折。
これらも、健康を崩す要因です。
夏だけでなく、冬でも脱水は起きます。
年寄りは水分を欲しがらない方が多いですが、水分は多め位に摂取しましょう。
認知症の方は、特にそれらに気をつけましょう。

認知症だからといって、特別な亡くなり方をするのではありません。
病気を併発して亡くなるのです。
繰り返しますが健康は大事です。
父を最期まで看て、私自身の反省も込めて感じたことです。


今日の花262262
ピンク色(たまに白もある)のネジに似た素朴な「ネジバナ」があちこちで咲いています。梅雨時の花です。もしかして、昨年も紹介したかもしれません。芝生にいつのまにか生えていたりします。雑草の仲間に思われますが、園芸植物として鉢で大切に育てている方も多いですが、鉢で育てるのは結構難しく、私は過去に失敗しました。大きいものでは背丈が30センチ位あるものもあります。


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認知症と寿命 TB:0 CM:7 admin page top↑
今度はショートステイの担当に!!
2007 / 06 / 25 ( Mon ) 23:13:06

大変だぁ〜!!
本日からいきなり、同じフロアのショートステイの担当になってしまいました。

そりゃ、父のショートで毎月毎月何年もお世話になって、最後は月2回ずつ利用したショートですが、まさか私が担当する側に回るとは!!
名前の覚えが悪い私が、数日で入れ替わる人の名前が覚えられるだろうか??

今日は101歳のとても元気なおばあちゃんの入浴をお手伝いさせて頂きました。
全面的に自立されていて介助の必要もないのですが、シャンプーと背中洗いをさせて頂きました。
そのあと全部ご自分でなさるとおっしゃって、ドアの外に出て暫く待っていると、ご自分で洗髪もやり直されておられました(汗)

月2回のショートは、仲良しの他のおばあちゃん方とのおしゃべり(情報交換)を楽しんでおられるようです。
自宅を離れて、この方にとっては息抜きのショートのようです。
タオル畳みやちょっとした家事を、お友達と一緒に楽しみながら、手伝って頂いています。

「ここは私の軽井沢なのよ♪」とおっしゃって、避暑気分。
「自分のことは自分で出来るので、それだけは有り難いと思っているの」
「もう逝ってもいいと思っているのに、なかなかお呼びに来てくれないのよ」

毎日1時間の散歩は欠かせないそうで、魚より肉料理がお好きだとおっしゃる。
歩きは颯爽!!テレビの元気な百歳に出てもおかしくない方です。

色々な方との出会いが多いショートステイ。
今までのユニットとは気分一新。
心配は大きいけれど、頑張らなくちゃ〜♪


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介護職になったえすえ TB:0 CM:5 admin page top↑
父の視力検査【認知症中期後半】
2007 / 06 / 23 ( Sat ) 23:24:25

前回書いたように、父タクさんの白内障は特にひどい程ではありませんでした。
でも、メガネの度が合わなくなっていたこともあって、新しいメガネを作り父の誕生日のプレゼントにすることにしました。
そのため、待合室が広々として父の気に入っている眼科で視力検査を2回位しました。
2003年のことでした。

この頃、認知症発症10年。私が判断する尺度では認知症中期の後半。
文字は書かなくなったけれど、ある程度読む事は出来ました。
視力検査は一般によくある、何メートルか離れた位置で示されたひらがなや形などを片目ずつ読むやり方のです。
仮メガネのレンズをとっかえひっかえ、何度も同じ文字を読んでもらいました。

「えっ?!何だか分からない!!」
「見えるよ!!(穴が空いている向きは)上だ!!」
「なんだよー!!何言ってるんだ!!これか??これでいいのか??」
「どれを見るんだ?!」
そんな調子で、かなり父はイライラしながらも、一生懸命答えていました。
時々、父に分かりやすく説明しながら傍で見ている私は、父の怒りがいつ爆発するか?爆発寸前でハラハラ・ドキドキ!!

検査の看護士さんには父が認知症であることは伝えてありました。
視力検査をする看護士さんも、父の感情的な言葉を受け止めながら大変だったと思います。
手こずりながらも、父の怒りが爆発するまでには至らず、視力検査の長く感じる時間は終わりました。
視力検査が終わると父はまたいつものように穏やかになって、「この病院は広くていいな〜」と満足そうでした。

この1年後、特養に入所することになるのですが、その時には、もうこの手の視力検査は出来る状態ではありませんでした。
視力検査で離れた文字を読んだり、輪っかの空いている部分が上だとか下だとか、そんなことを確認することは父にはもう無理でした。

そして、誕生日プレゼントとして父と一緒に専門店で選んだかなり高価なメガネを新調したのでした。
ところが、使い出してわずか10日程で、自宅で失くしてしまいました。

父がいつも使っている引き出しなど、思いつく所は全部探しましたがゴチャゴチャしていて見つかりません。
失くしたことが分かった日は、私が父の家に行かなかった日曜日だったせいもあり、見失った時の状況もよく分からないので、自宅でなくしたのに見つからないという悲惨な結果になって今日に至っています。
物を失くすのは認知症にありがちなことですが、今回は本当に残念でした。

それまで使っていたメガネは度が合わなくなっただけでなく、具合も悪くなっていたので、その後、父にメガネをかけることを諦めさました。
今までも、メガネを何度も家の中で失くすことがあったし(たいていすぐ見つかった)、もう懲りました。
念のため、100円ショップのメガネを用意いておきました。
デイに出る時に「メガネは?」と聞く時がありましたが、適当にごまかすと、その後はあまりメガネのことを言わなくなりました。
メガネがなくても、あまり生活上困ったことはありませんでした。
ただ、よく目をこすることは多く、結膜炎になりがちでしたが…。

あれだけ面倒な視力検査をして高価なメガネを買ったのに、10日で、しかも自宅で失くして見つからないなんて…。

その後、メガネをかけなくなった父は、眉が下がった優しい表情のお爺さん顔になりました。
それ以前のメガネをかけた父は、ちょっと取っ付き難い冷たい感じの爺さん顔でした。


今日の花262262
道路沿いなどの植え込みに、可愛い花が咲いています。長く枝垂れて伸びた枝に白い(ピンクもある)小さな釣鐘型の花が沢山ついていて、葉っぱに光沢があります。秋遅くまで咲くこの花の名前は「アベリア」でした。別名「花園衝羽根空木(はなぞのつくばねうつぎ)。丈夫な木なので植え込みに使われるのでしょう。


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タクさんの眼科通院の思い出 TB:0 CM:6 admin page top↑
元気が出ます!!
2007 / 06 / 21 ( Thu ) 23:08:47

介護の仕事、特に施設の介護職は本当に大変だとつくづく感じている毎日。
しかも、私は定年間近の年齢(笑)で始めたものですから、体力的にも能力的にも限界があると感じていました。

ベッドから車椅子に移乗する時など、息切れすることも…(笑)
若くないと勤まらないな〜なんて(笑)
今日は遅番で、暑さもあって、フーフー。
明日は早番だし、寝るだけのため、帰ってきました。

最近はブログのランキングなんてどうでも良いと思っていました。
更新するのも偉いこっちゃ!!でしたから。
でも、一時落ちていたランキングが、また浮上してきて、今日も上がっているではありませんか!!

読者の皆さんが応援して下さっているのですね!!
嬉しいです。
本当に励みになります。
仕事、辛いけど頑張ろう〜!!
単純な私は、こんなことでも嬉しく、前向きになれました。
皆様に感謝、感謝です。
本当にありがとう!!
明日の仕事も頑張ります〜。



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介護職になったえすえ TB:0 CM:5 admin page top↑
眼科通いの頃
2007 / 06 / 20 ( Wed ) 18:45:46

父タクさんと眼科通いをしていたのは、主に今から4年前の2003年頃でした。

よく結膜炎になったのです。
というのは、物が見難くなったので、よく目をこするので、すぐ目が真っ赤になってしまうのでした。
物が見難くなったのは、老人の殆どがなると言われる白内障のせいでした。
でも、年相応の白内障なので、定期的に眼科検診をすれば良いと眼科医に言われていました。

父には目をこすらないように言っても、すぐこすって目を赤くしました。
「よく見えないんだよ」と。
この頃、日常はメガネを掛けていましたが、昔作ったメガネだったので度が合わなくなっていたようです。

点眼、つまり目に何かをされるなんて、危なくて怖くて、父にとっては人のすることが信じられないので最も嫌いなことでした。
この頃、目薬とは何かは分かっていたようです。
でも、目薬をして結膜炎を治そうという気持ちは全然ありませんでした。

認知症になってしまうと、病気を積極的に治そうという気持ちは、殆ど失せてしまうようです。
嫌なことを我慢して病気を治すことよりも、今、たった今を、気持ちよく生活することの方が大事に感じるようです。

結膜炎程度でしたから、1週間ぐらいするとなんとなく治るので大したことはありませんでしたが、父も嫌なら私も面倒でした。

この頃、デイに週5日通っていた頃で、デイに点眼薬を持たせましたが、父は点眼が大嫌いで、成功することが少なかったようでした。
私がする点眼も結構嫌がりました。
前もって目薬をすることを言うと、構えて用心し拒絶するので、「ちょっと上向いてね〜」と言ったすきにササッと点眼してしまうのがコツでしたが、なかなか上手くいきませんでした。

点眼だけでなく、多くの事柄について、父が嫌なことは前もって予告せず突然行う。
父が嫌なことは、ササッとあっさりとやり過ごす。
これが父にとって、気持ちよく生活してもらうコツでした。

眼科の看護士さんは、このササッと点眼するのがとても上手でした。

この眼科は駅前のビルの1フロアで、待合室が大変広く、
「ここは広くていいな〜」と、父お気に入りの眼科でした。

ここで父が必ず寄るトイレも広くて助かりました。
しかしこの男子用トイレ、広くて良いのですが、父にとっては使い方が分からず困りました。

この頃、認知症中期の後期。
父は立ったまま使う男子用トイレを理解出来なくなっていました。
形にもよるのかもしれませんが、「ここでしていいのよ〜」と傍で使い方を説明しても意味不明に思えていたようでした。
便器で手を洗おうとしたりします。
最後には、使い方が理解できず怒ってしまうこともありました。
日常的に使う、通常の洋式トイレに慣れていたせいでしょう。
しかし、この洋式トイレですら、使い方が分からないことがよくありました。

そんなことをしている間に、男性が入ってきてトイレを使用していきました。
私が女性だったから、男子用トイレに父と居ても、何とか許されていたのでしょう。
これが逆だと、どうなのでしょうね??

デイに週5日通っていたので、眼科通院はデイのない唯一の日の月曜に通いました。
眼科だけでなく、内科など、通院関係は父のスケジュールの合間をぬって行いました。
雨の日だったりすると悲惨です。
かなり大きめの傘に父と相合傘をして移動しました。
ゆっくり目の歩き方でしたが、それでも歩いてくれる父だったので助かりました。

眼科の思い出はまだありますが、次回に。


今日の花262262
空梅雨で蒸し暑い毎日です。「夾竹桃(きょうちくとう)」が咲いているのを見かけます。これが咲くと夏だな〜としみじみ感じます。


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タクさんの眼科通院の思い出 TB:0 CM:2 admin page top↑
20,000Hitを超えました!!
2007 / 06 / 18 ( Mon ) 20:48:09

今日、カウンターが2万を超えました。
いつも見て下さっている方、初めての方、ありがとうございます。

カウンターは重複カウントなしの設定になっています。
一日に同じ人が何度来ても1カウントです。

過去の記録を見ると、2,000Hitを超えたのが昨年の10/4でした。
父タクさんがまだ生きていた時でした。
昨年の10月以降、ブログを訪れる方の数が急速に伸びました。

先程、NHKの「クローズアップ現代」で先日亡くなったZARDの坂井泉水さんの特集をやっていました。
彼女の「負けないで」は私もカラオケで歌いました。
すっかりこの曲のことは忘れていた私でしたが、この曲を思い出して仕事、頑張るしかないな〜と番組を観て思いました。

父の介護は、当時はそれなりに大変だと思っていましたが、今の介護の仕事に比べると生ぬるいものでした。
介護職、私にはかなり大変です。

こんな調子で仕事に疲れているので、ブログもいつまで続けられるか分かりません。
今日、カウンターが20,000Hitを超えましたし、読んで下さってる方が居るということを励みに、ブログ開設1年になる7月までは続けたいと思っています。
書きたいことも、もう少しありますしね。



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日々つれづれ TB:0 CM:7 admin page top↑
独りぼっちになっちゃった
2007 / 06 / 16 ( Sat ) 10:27:51

認知症中期の頃、私と話している時、父タクさんが時々言っていた言葉。

「お袋さんも親父も居なくなっちゃって、独りぼっちになっちゃった…」
「お袋さん、どこへ行っちゃったのかな??」

「親父さんは、お父さんが子供の頃、早く亡くなったじゃないの」
「お袋さんは、今買物に行っているみたいよ」

私はそんな風に答えていました。
父は首を傾げながらも、とりあえず納得した様子でしたが寂しそうでした。
そんな時、娘の私や息子が居ることは全然頭にない様子でした。
父のお袋さんも親父さんも生きていたら100歳をとっくに超えています。

父と同じ特養のユニットに居た方も、同じ事をおっしゃっていました。
同じ入居者の方に、
「あなたの母親が今生きている訳ないでしょ?生きている歳じゃないもの」
そんなやり取りをしていました。

認知症になると、こんなやり取りが必ずあるようです。
子供の頃の自分に帰っているのでしょうか?

人間、最後に気になる人は自分の親なのでしょうね。


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タクさん語録【認知症初期〜末期】 TB:0 CM:2 admin page top↑
父の足元エピソード
2007 / 06 / 13 ( Wed ) 23:17:24

そういえば、父タクさん、こんなこともありました。

特養に入所してから、面会に来た私のスリッパを見ていつも言ってました。
「いい靴履いてるな〜」と、そりゃもう毎回言いました。

ホームの名前が金文字で入った茶色のどこにでもあるスリッパです。
金文字は父の目には見えないと思うので、ただのどこにでもある茶色のスリッパなのに、そんなに素敵だったのでしょうか??

「お父さんのも素敵よ!!」
「そうかぁ??」
自分の靴は全然素敵に思っていない様子の父。
ちょっとガッカリ。
私が買った父の足にピッタリ来る某全国ネットブランドのルームシューズ。

ある時期から、父の目線はいつも下の方。
真っ先に靴とかスリッパが目に入るようです。
それから、床も目に入る。

床が綺麗に掃除されていてピカピカ光っていたりすると、
「ここ歩いても大丈夫か??水がある!!」
光り過ぎていると、水が打たれているように見えるようです。
何しろ、目線はいつも下。

何で目線が下なのか?
年取って背中が曲がってきたので必然的に目線が下になる。
歩くために用心深くなって、転ばないように、身の危険をいち早く回避するためにも、目線が下になる。
などと私は解釈しています。

床に境目があると、父は一層用心深く一歩を踏み出しました。
境目を踏まないように、どっこいしょ!と跨ぎました。

それでも、そこそこ転倒しました。
懐かしい父の転倒の数々。

デイの帰り、私が居る傍で、自宅マンションの上り階段のあと一歩のところで転倒し、膝にひびが入りましたが40日間で完治。
特養で職員しか通らない階段に入り込み、転倒して数段落ちたものの、擦り傷程度で済んだことも。

特養に入ってから、ベッドから転倒が何回か。
自宅のベッドでの転倒はなかったのに、施設に入るとある程度の転倒はあるのですよね。
1対1ではないから、職員の目に入らない場面もあるので。

でも、お陰様で頭にコブとか、膝を打撲程度のごくごく軽症で済みました。
でも、ベッドからの転倒の最終回(苦笑)では、背骨の一部が潰れ、父は相当痛い思いをしました。
しかし、1回整形外科に行っただけで、コルセットと貼り薬の自然治癒で、40日間で治りました。
でも、それからは起こしてあげないと、寝起きが自力で出来なくなりました。

父には目線を下にする神様でも付いていたのでしょうか?(笑)
神様のお陰か?お年寄りによくある、大腿骨骨折などの大きな怪我はありませんでした。

在宅時代はステッキを使って歩ていた父でした。
でも、ステッキなんか使わなくても全然大丈夫でした。
転ばないためにチョンチョンと地面に触れる程度に使っていました。
また、部屋のカーテンを閉める時に重宝していたステッキでした。
要介護度をアップさせるためにも、ステッキの存在は助かりました。
結局、最初から最後まで要介護4のままでしたが…。

特養に入ってから、父はステッキなんか使いませんでした。
なくても歩けたし、使ってもどこかに置き忘れてしまうからでした。
ステッキは部屋の片隅に仕舞い、たまの外出時に使う程度になりました。
認知症が進み過ぎて、ステッキを使うことも忘れてしまったのでした。


今日の花262262
この時期どこでも見かける「ドクダミ(毒痛み)」。臭いし陰気な嫌な花だと思っていましたが、群れを成して咲いているのを見ると、ダークな葉色に白い花がくっきりして見直す程で、かなり美しいです。


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認知症全般 TB:0 CM:4 admin page top↑
特養の難点
2007 / 06 / 09 ( Sat ) 18:20:02

父タクさんの特養入所について、実はあまり嬉しくないこともありました。
特養の入所申し込みをした頃、ケアマネさんに特養に入ってからも、デイのプログラムによってはデイに参加が出来るのか聞きました。
介護保険の制度上、それは通常出来ないことだと言われました。

特養ではデイのような小刻みの毎日のプログラムがあって一日を過ごすのではないことを知りました。
日によってはボランティアさん等が何かレクリェーションを用意したり、行事があることはあっても、特に何もない一日を過ごすことが大半だということを知りました。

事実、施設に入所してしまうと特養でなくても、老健でも同じです。

それは私にとって、かなりがっかりすることでした。
父はデイでの変化のある日常で毎日を過ごしたからこそ、認知症でも生き生き明るく過ごせたのだと思っています。
それがなくなってしまったら、毎日ボーッと過ごすことが多くなって、父はダメになりそうに思えました。
別に費用を負担してもいいからデイへの参加は出来ないか訊ねましたが、出来ませんとのことでした。
レクリェーションの内容によってはデイと特養と合同の内容のものがあるので、その場合は参加出来るとのことでした。
音楽関係(皆で歌ったり、演奏を聴くなど)のレクがそれらに当たりました。

今まで入所した2ヶ所のグループホームでは、同じ施設の同じフロアで行っているデイサービスに入所費用の範囲内で参加出来たのは、施設側のご好意からでした。
小規模施設であるグループホームだったから可能だったことのようでした。
特養でもそんな風に出来たら良いのに…。

そんな訳で、父の特養入所はあまり嬉しくない部分もありながらの入所でした。

入所当時、父は健脚でお散歩好きだったので、一緒にお散歩をしたいと思っていました。
しかし、私は日中アルバイトがあり、そうそう丁度良い時間に父の元へ通えないので、私の代わりにお散歩ボランティアさんを依頼しましたが、父に合う人は見つかりませんでした。
1対1でなければ「お散歩ボランティア」の日があるのですが、父の場合は認知症が進行していたので、1対1でないと無理のようでした。

また、父の話し相手になってもらうボランティアさんを探しましたが、これも見つかりませんでした。

結局、父本人のことを何もかも分かる家族がするのが最も良い方法でした。
身体介護(排泄、入浴)は施設にお任せして、父との気持ちの触れ合いは家族がするのが最善策と感じ、その路線で行くことに心を決めました。

父の特養は我が家から自転車で約5分と近いのですが、アルバイトがあって日中毎日父の元へ通うことは出来ませんでした。
しかし、出来るだけ父と関わって行こうと思い、それまで通りの何かと融通の利くアルバイトを続けながら、父の特養に通って父との触れ合いを出来るだけ多くとることにしたのでした。


今日の花262262
梅雨時になると咲く黄色の花「金糸梅 (きんしばい)」が咲いています。垣根代わりの植え込みによく使われています。かなり大きめの花なのでよく目立ちますが、名前を知ったのは最近でした。


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特養でのタクさん【認知症末期】 TB:0 CM:9 admin page top↑
独り言
2007 / 06 / 06 ( Wed ) 23:39:46

来月でこのブログを始めて1年になるけれど、何とか続いたもんですね。
でも、今回のように1週間近くも更新出来なかったのは初めてです。
毎日の生活が仕事に追われ、とてもじっくり書く時間がないのと、書く気分にもなれなかったのでした。

父タクさんの特養入所までを書き終えて、父の介護で書くべきことは大方書き終えました。
父の記録として、まだ少し書いておきたいことがあるので、ボチボチ書いていこうと思います。

タクさんが亡くなって7ヶ月が過ぎました。
大して財産はないのですが、遺産分割の件も最近何とか無事片付きました。

そうだ!今日は6月6日。
何年か前、父に絵描き歌をやって見せました。

♪〜棒が一本あったとさ 葉っぱかな? 葉っぱじゃないよ カエルだよ
カエルじゃないよ アヒルだよ
6月6日に雨ザーザー降ってきて コッペパン二つ下さいな
あ〜っと言うまに 可愛いコックさん〜♪

うろ覚えなので、ちょっと違っているかな??

こんなバカバカしいことも、「何だ?それ??」と見てくれました。
ふと、父のことを思うと、やはり寂しくなりますね。

イズさんは元気で相変わらずです。
以前よりイズさんのホームへ行ける回数は減ってしまったけれど、通っています。


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