私の仕事
2007 / 08 / 24 ( Fri ) 14:02:37

私の仕事はご存知のように、父タクさんが居たユニットケア特養の介護職です。
7月からはショートステイの担当をしています。
この特養は認知症中心のショートのフロアと、そうでないショートがあって、私は認知症ではない方のショートのフロアです。
とは言ってもこのショート、ごく軽い認知症の方と逆に重くて寝たきりの認知症の方の入所はあります。

7月末にショートの担当職員が一人辞めてしまったので、このフロアのショート担当職員は私を入れて3名です。
1ユニット約10名の方を一人で見る時間が殆どです。
日中二人の職員で看ることもありますが、二人職員が同時に居る時間は少なく、殆ど一人で看ることが多く、とても手が足りません。

早番の時は朝、ご利用者さんに起きて頂くことから始まります。
朝食後はユニットのキッチンで食器洗い、おしぼりなどの洗濯(手洗いしてから洗濯機に入れる)もします。
昼・夕食用のおしぼりの準備などもします。
その日の午後に退所される方の退所準備も午前のうちに済ませます。

午前は主にショートの入所の受け入れをナースと共にします。
日によって違いますが、午前に3件位の受け入れ(ご本人と付き添いのご家族と内容確認の面談をする)があります。
お茶をお出しします。
入所者のカルテのような資料も事前に用意されていますが、初めてのご利用の方の受け入れには、じっくりお話を聞くので時間が掛かります。
それをしながら、他の方のトイレ介助などをしたりします。
利用者さんによっては30分もしないうちにトイレ介助が必要な方もおられます。
オムツの交換が必要な方もおられます。
持っているPHSに頻繁にナースコールが入るので、受け入れをしながらコール内容に応えます。

昼食時。
朝食と同じように、お粥の方や普通食の方など様々で、牛乳がHotが良い方はユニットの電子レンジ温めて、冷たい方が良い方など様々な内容に合わせて配膳します。
レストランのウェイトレスみたいです。
食事が出来ない経管栄養の方も時にはおられるので、そちらの対応もします。
食事介助が必要な方もおられます。
これらも全部一人で行います。
たまに実習生などが食事介助の応援をしてくれる時はとても助かります。

午前にユニット浴(ユニットにある風呂での入浴)を行う日もありますが、職員の人員の関係で午後にニユット浴をすることが多いです。
一人ずつ、普通の家庭のお風呂と同じ風呂での入浴で、その介助をします。
二人分ぐらいの入浴介助をします。
私は状態の重い方の機械浴などはまだ行わず、通常のユニット浴の入浴介助ばかりなので、まだ楽な方です。

入浴された方の着替えの洗濯も普通の洗濯機で行い、乾燥機で乾かすこともあれば、洗濯物干し場で乾かすこともあります。
それらをしながら、他の物の洗濯や洗濯物干しも行います。

洗った食器を拭くことや、おしぼりを作ること、お米をとぐこと(ユニットの電気釜でご飯を炊く)など、リハビリを兼ねて利用者さんに手伝って頂くこともよくあります。

午後は退所する方とお迎えのご家族とのやり取り。
退所後のお部屋の掃除と次に入る方のための部屋作り。
3人位退所となると、3人分の部屋作りは結構大変です。
掃除機や雑巾で掃除して、リネン類を取り替えたりします。
ホテルの仕事に似ています。
それらをしながら、トイレ介助やオムツ交換などがあります。

3時のおやつのメニューに合わせて、紅茶にしたりコーヒー牛乳にしたり、その日の利用者さんの様子を見ながら、ユニットのキッチンで飲み物も作ります。

夕食が無事終わり、就寝介助がスムーズに行え、利用者さんが無事お休みになるまでは大忙しです。
私は夜の最も遅い番と夜勤はしていないので、まだ楽な方です。

文字で書くと簡単なことなのですが、実際は色々なことが一気に押し寄せていて、あまり忙し過ぎる時には、却って笑いたくなるほどです。
忙しすぎて発狂しそうになると言う職員もいます(笑)
これでも規定の人員配置はなされているのです。

ショートですから様々な方の出入りがあって、日々様子が異なり大変ですが遣り甲斐も感じています。
ショートとは老人専用の介護付宿泊施設です。
サービス業であることをつくづく感じます。

ギリギリの人員でやっているので病気で突発的に休んだり出来ませんので、自分の健康は大事なので気をつけています。
今のところ何ともなく元気でやっています。


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私なりの頑張らない介護
2007 / 08 / 18 ( Sat ) 12:51:29

猛暑が続き、仕事の疲れが一層増して、なかなかブログに向かうことも出来ませんでした。
今日はやっと涼しくなり、何とかブログに向かう気持ちになりました。

1年ブログを続けていると、現在進行形でない私のブログなどは同じことを何度も書いてしまいます。
今回も前に書いたことの繰り返しになりますが、今一度まとめて書いてみました。

人には得意なことと苦手なことがあります。
私は努力して苦手なことを克服することもありますが、「絶対これはアカン」というものもあって、それについては努力ではなく別の方法で乗り切っていくことをしています。

二人の父の介護に当たって、私はそれを適度に使い分けてやってきたつもりです。
今回はそんなことも含めてまとめてみました。

◆同居は出来ない
様々な事情から同居は出来ないことが前提でしたので、二人の父の介護に当たっては、通い介護ということを大きな柱にして、全てはそのことを中心に回っていました。
しかし、父タクさんの通い介護が、まさか10年にも及ぶとは、最初は思ってもみませんでした。

◆私は料理が最も苦手
主婦としてあるまじき人間ですが、これだけは「絶対にアカン」ことでした。
父、タクさんの通い介護にあたっては、料理をなるべくしないで済むよう、スーパーやコンビニ弁当の利用。
そして最終的には近所にたまたまあった、高齢者向きレストランの高齢者向き宅配弁当を利用して乗り切りました。
通い介護で一人分だけの食事を作るのは私にとって面倒でしたし、費用がかかってもこの方が気楽でした。
その分、父を1日おきに自宅で入浴させたり、私に出来ることに当てました。

◆自分にとってやりやすい方法
父のためというよりも、自分や家族にとってより良い(都合の良い)介護法をとったことが、結果的には父のためになりました。
これは両父の場合に言えることです。
良く出来た娘のように思われますが、自分にとってやりやすい方法を選んだに過ぎません。
たまたまそれが、両父のためにもなっただけです。

◆先々を考え長期計画を
父タクさんの10年に亘る通い介護で最初から先々のことを考えていた訳ではありません。
しかし、80歳を超えた頃から、父や家族の先のことを具体的に考えるようになりました。
私の家庭には色々な問題がありましたので、父が元気なうちに(介護がもっと大変にならないうちに)少しずつ片付けていかなくてはならないと感じていました。
通いの在宅介護ではなかなか時間がなくて出来なかったことでしたが、グループホーム入所や最終的に特養入所となって、私が介護から少し離れられる時間が出来て、それらの問題を少しずつ解決することが出来ました。
また、父タクさんがグループホームに入所した頃から、それまで何ともなかった義父イズさんの具合が悪くなりだしました。
タクさんが施設に入っていてくれたお陰で、イズさんの介護に関わることも出来ました。

◆介護がまだ楽なうちに
父タクさんの場合、認知症の進行は幸いゆっくりで、初期の頃は何年も同じような状態が続きました。
この頃、私の子供は小学生でしたので、夏休みなどは家族旅行などもしました。
この頃の父は物忘れは激しいものの、まだ大した事ない状態でしたので、父のことは父と同居の弟に任せて、私は父よりも家族と共に過ごすことを優先しました。
父の状態がもっと悪くなったら、そんなことも出来なくなるし、何しろ子供はまだ小学生でしたし、これから先がある者のことを優先しました。
そして、結果的にはそうして良かったと思いました。

父タクさんが認知症初期の頃、タクさんと共に家族で一泊で出かけたこともありました。
お墓参りを兼ねた小旅行でしたが楽しく過ごせました。
タクさんが認知症になってから泊まりで出かけたのは、親戚の葬儀なども含め2〜3回ぐらいしかありませんでした。
もっと連れて行ってあげれば良かったと思っています。
でも、無理をしない私なりの頑張らない介護では、この程度だったのかもしれません。

◆デイやショートの利用
施設の職員さんと毎日のデイやショートで顔を合わせることが、私にとって大変励みになりました。
私一人で父を介護しているのではないという気持ちになり、自分がデイやショートに通っているような気分でした。
これは息子が幼稚園に通っていた頃、幼稚園の送り迎えをしていた頃の気分と同じでした。
毎日園まで自転車で送り迎えをしていたため、息子が幼稚園を卒園するときは涙が出ました。
父がグループホーム入所となり、デイを終える日には同じような気分になりました。



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思えば再び暑い夏
2007 / 08 / 11 ( Sat ) 00:01:32

このブログを始めて1年経つけれど、ブログを始める半年位前から父タクさんの様子について手帳に書いていました。
当時、特養に居た父の状態が思わしくなく、先々のことが案じられていたからです。
父の残り少なくなるであろう日々の様子を書き留めておこうと、特養に面会に行くたびに自宅へ帰ってきてから記録を残していました。
この頃(今から1年半位前)、父は食べられなくなっていて、食事介助に手が掛かり、私は頻繁に特養に通っていました。

ブログを始める前の、手帳の記録を今このブログに残そうかともと思いましたが、やっぱり止めましょう。

手帳の記録は書くのが面倒になったりして、いい加減になってしまい、ブログにすれば人に見られることもあるので頑張って書くかもしれないし、記録としてきちんと残りそうだと思い、ブログを始めるかどうか、しばらく迷っていました。

どこのブログを利用するかネットで調べて私に合う良さそうなところを探しました。
最終的に決めたのが、このFC2でした。
そして、あとはいつ始めるか?でした。
ブログの始まりの日は、あまりにも急で、始まりに相応しくない始まり方でした。

このブログを始めた頃は、手帳に記録を書いていた頃よりも父の状態は落ち着いてきて、命に関るほどの悪い状態から抜け出ていました。
しかし、やはり食事介助に私は頻繁に通い、父が食べた食べないで私は一喜一憂していました。

1年前のこと、まだ父が生きていた去年の夏。
懐かしいな…。
父がブログ開始4ヶ月弱の昨年10月に亡くなって、亡くなってからの方がブログが長くなってしまいました。

今年の夏は特に暑く感じます。
この暑い夏が過ぎると、父が亡くなった秋がやってくるのです。
父が亡くなってから、なぜか1度も父は夢に出てきません。

お父さん!!私は毎日大変だけど、お父さんが通ったデイ、ショート、そして住んでいた特養で、毎日フルタイムで働いているよ。



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日々つれづれ CM:3 admin page top↑
命あるものとの関わり
2007 / 08 / 05 ( Sun ) 13:01:06

認知症になってからの父タクさんの印象を思い出してみます。

今から約10年位前の認知症初期には、一見普通の人と変わりなく、日常生活もそれまでと殆ど変わりないものでした。

妻が亡くなってから家事を一人でしなければならなかった立場上(それまで家事などしなかった父でした)、「何でも一人でやってきた」「一人でやらなければならない」と口癖のように父は言っていて、通い介護で私が来てもそう言っていました。
そして、私がいても、いつもせっせと片付けのようなことをしていました。
認知症になる前と同様に、好きな本の片付けや物の整理のようなことを日常的にしていました。

徘徊や失禁が始まり、デイに通うようになった認知症中期になっても、自宅での日常生活の基本は初期の頃と殆ど同じでした。
片付けや整理が好きでした。
ただ、片付け方が変でした。
片付けているというよりも、ある場所からある場所へ物を運び込んでいるという状態でした。
寝室の本棚は空っぽになってしまい、いつもいる食堂のテーブルが本の山になりました。
やっていることは同じつもりでも、上手く整理が出来なくなったから、そういう形になったのでしょう。
でも、父の日常の基本は認知症になる以前と変わりなかったと思われます。

そして、認知症後期。
この頃は特養での生活です。
在宅の頃とは環境も変わり父の生活も変わりました。
特養の父の居室にテーブルと椅子や小さい本棚を置き、以前見ていた本を並べ、自宅に似た環境にしました。
が、自宅とは違いますし、すっかり興味を示さなくなりました。
時々、カーテンを引いたり、テーブルや椅子を運ぼうとしたりして、自宅で物を片付けることが好きだった父の面影を感じました。
しかし、物に興味を示すことは非常に少なくなってきました。

子供や動物が好きだった父は、認知症後期になっても、出掛けると小さい子供や犬、猫などには関心を示しました。
物にこだわりを持っていた父でしたが、認知症が進むと最終的には物よりも、命あるものにしか興味を示さないように感じました。

文字を書くことが好きでしたが、すっかり書かなくなり(書けなくなった)、それよりも人と話しをすることに方向が変わりました。
特養でも入所者の方々と話すよりも、職員さんと話しをすることが多かったようです。

そして、体の状態が悪くなった亡くなる1年程前からは、弱々しくなり顔の印象も生き生きとした感じがなくなり、全ての物に興味がない感じがしました。
しかし、私が話しかけると延々と父の持論を語り(認知症が進んだなりの話し方)、好きだった歌については一緒に歌ったり、歌えなくても興味を示しました。

簡単にまとめると、父の場合は認知症初期、中期は認知症になる以前と生活ぶりの基本は変わりませんでした。
後期になると、健康状態が悪くなったことも重なって、全てのことに興味を失ったように見えるけれど、それまでの生活の一部を持ちこたえていること。
そして、認知症が進んで様々なことが分からなくなっても、命ある物(人との関わり)に関しては興味を示すこと。
そして、認知症後期でも「何が何だか分からないんだよ」と言っており、今の自分の状態が分かっていました。

当たり前のことですが、物よりも、人との関わりが最も大切だということ。
そして本人もそれを望んでいることをはっきり感じました。



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